「ニルアドミラリの喪失」1


「なぁ、どこ行ってたんだよ」

背中にしがみついたままの銀時が桂に問う。これで三度目。


いい加減にせんか。やっと大人しくなったと思ったらこれか!

ねちねちしておるのは貴様の方であろう。

桂は内心毒づく。



まずい、と思った。
銀時に何も告げず江戸を出てからかれこれ一月。
いや、二月か?

途中、連絡を入れようとはしたのだ。
けれど、私用に費やせるような時間が与えられる立場でないことが災いして、そういう機会についぞ恵まれなかっただけで。

そもそも、突然姿を消すくらいのこと、未だ攘夷に生きている者には珍しくも何ともない。
早々気軽に連絡がつく場所にいるとも限らない。
むしろ、 世間から隔絶された場所に潜伏することのほうが多いわけで…。

ほぅ、と桂は溜息をつく。

けれど、銀時にはそれが解らない。
否、頭では解ってはいるのだろうが、心ではそれを理解しようとしない、頑として。

そうして、桂の突然の不在に気付くと、段々焦れて焦れて、心配を通り越して、ついには怒りへと転じるのだ。
やれやれだ。
今頃は、もう、きっと。

だから…。



江戸に戻ってすぐ、桂は押っ取り刀で銀時の元を訪なった。なによりもまず。

不夜城と呼ばれる歌舞伎町ですら、床についている者の方が多い時刻。それを気遣い、そっと銀時の寝室の窓枠に手をかけた刹那、 一体どうやって察知していたものか、銀時に怖ろしい勢いで中に引きずり込まれた。

「どこ行ってたの?」

夜目になれている桂には、暗い部屋の中でも銀時の表情はよく判る。
安堵の気持ちと怒りが複雑に混ざり合い仄暗くその双眸に灯っている。
その暗い顔を見る度、桂はうんざりするのを禁じ得ない。
ああ、思った通りだ。また同じ。
何度こんなことを繰り返せばきがすむのだろう。おまえは、そしておれたちは。

「それを訊いてどうする?」

桂は素直に答えない。どう答えたところで、銀時の怒りが静まらないことは想像に難くない。
なら、初めから言わぬがよい。
桂は、今銀時が持て余しているであろう怒りを沈めるためだけにここにいるのだ。
どうせ避けられぬことなら、早く済ませてしまいたいと腹をくくった。
今はむしろ火に油を注ぐことによって、さっさと怒りを爆発させて貰ったほうがいい。


「こんなに長い間どこ行ってたんだって訊いてんだよ!」

「貴様には関係のないことだ」

桂はわざと尊大に言う。

「それ、本気?」

さっと銀時の表情が変わり、今や抑えきれない怒りのみに支配されているのが見て取れた。

「当然だ」

短く言い放つことで、桂は銀時に動く切っ掛けを与えようとする。


さぁ、来い。

おれにお前の怒りの全てをぶつけるがいい。
そうして残滓すら消え失せるほどに全てを吐き出してしまえ。

おれがどんな痛みでも受け止めてやるから。

おれはそのためにここに来たのだから。


桂は更に挑発的に口の端をあげてみせた。
舌打ちでも、睨み付けるのでもいい。それが銀時の動く理由にさえなれば。


さぁ、来い。
銀時!

その思いを込め、しっかりと銀時の目を見据える。


さぁ!


銀時が、動いた。

桂は、待った。

銀時の腕が己に向けて真っ直ぐ伸ばされるのを、桂はただ見ていた。




まずどこを掴む?肩か?それとも…お前がとりわけ好きなこの髪か?

「う…わ…」

目の前に迫る手に気を取られていたのが拙かったらしい。あっけなく足元を掬われてバランスを崩した。
「っ…」

したたかに腰を打ち、思わず漏らされた呻き声に煽られた銀時は、そのままのし掛かるようにして桂を押し倒すと、ガブリと喉元に食らい付いてきた。


そうだ。これで、いい。

獣じみた唸り声を上げて噛み付いている銀時のせいで呼吸もままならぬ中、桂はうっすらと笑みさえ浮かべ、満足そうに目を閉じた。

痛みはすっかり馴染みの感覚だし、歯を立てているのは銀時だ。逃がれたり、恐れたりようとする必要などない。

今でこそ図体はでかいし力は強いが、まるで駄々をこねている子どもと変わらぬ。師がこよなく愛されたあの幼い日の銀時と。
おれとて…………。

おれとて?


ふと、思い出しかけた懐かしい記憶に、思わず目を開けた桂は、だがまたすぐに目を閉じた。今、この状態で銀時と目を合わせるのは御免こうむりたい。

桂に怒りをぶつけ、その身を責め苛んでいながら、まるでそれは全て桂のせいだと言わんばかりの 銀時の表情を見るのは嫌だ。

おめぇが悪い、おめぇのせいだーと、そのくせ今にも泣きそうな顔をも見せる。そのふとした瞬間に、桂は毛ほども抱いていないはずの罪悪感を 抱いていたかのような気になってしまう。

それがたまらず厭わしい。


抵抗もせず、呻き声もあげない桂に焦れたのか、銀時は今度はその熱い唇を桂のそれに押し当ててきた。
そのまま舌で歯列を割り、桂を求めて奥へと入り込む。

あっけなく絡め取られ互いに触れ合えば、かすかに血の味が混じる。どうやら本気で噛み付いていたらしい。


しようのない奴。
桂はクツクツと笑いたくなるのを堪えながら、銀時に応えはじめた。誘うように、宥めるように。

舌と舌が絡まり合ったり離れたりする度に響く水音が桂の耳を嬲りはじめる。

「ふっ…う…ぅん」

濃厚な口づけを交わすうち、隣室で眠る少女を気遣いなんとか押し殺しつづけていた声を殺すことが難しくなると、桂は脚を擦り合わせることで訴えた。
緩やかな愛撫では厭きたらぬと、さも焦れているかのように。

その誘導に見事にかかって、銀時が視線を動かしたことに気付くと、今度は腰をわずかに揺らめかせてやる。
視線に次いで腰に動かされた銀時の大きな肉厚の手が、桂の素足に触った。踝から膝頭でをゆっりと動かすと、つ、と内腿に 膕に差し入れる。

「っぅ…はっ…ああ、っう」

そのまま膝を持ち上げられ、内股に舌を這わせられると、次々に堪えきれない声が零れはじめた。

その反応に気をよくしたらしい銀時に、飽かず同じところを責め続けられるうち、桂のものはすっかり上を向き、透明な滴をトロトロと溢れさせはじめている。

銀時がゆっくりと握り込み軽く扱けば、桂は小さく息み、その身をふるりと震わせた。

その様を目の当たりにし、銀時は桂の先走りを己の掌に塗り広げると、そのまま桂自身を擦り、扱き始める。飽かず、何度も何度も。
「あっ…いぅっ……ああっ……あっふ、うっ…あ、ああ、あああ〜っ!」

これまでとは比べものにならない強い刺激に、ついに桂が達し、いつもは木刀を握る手をねっとりとした白濁が汚した。

銀時はなんの躊躇いもなくそれを舐めとったが、
「なんか薄くね?」
と桂を睨めた。
落ち着き払ったその苛立ち混じりの声。

「い…いがかりだ」

荒い息で必死にこたえるものの、銀時の耳に入っているかどうかはすこぶる怪しい。

そもそも端から答えなど求められてはいないことを桂は承知している。
銀時は勝手に思い詰めては、勝手に傷つく。謝罪しようが弁明しようが関係ない。

自分にも多少の空想癖はあるが、あえて現実離れさせているので誰にも迷惑がかからず罪がない、と桂は思っている。
それに比べて銀時は、 いかにもありそうな話をこしらえるので生々し過ぎてたちが悪い、とも。

今も、多分、銀時の頭の中では沸き上がった疑念を種として、様々な”可能性”が推し量られていることだろう。


やはり、二カ月間の音信不通は拙かった、と今更ながらに痛感する。

銀時の沈黙の長さは銀時が己を傷つけている時間の長さ。
考え込ませれば考え込ませるだけ、また宥めてやりづらくなる。

なんとかして気を逸らしてやらねば…。


桂は、必死で考えを巡らせはじめていた。


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