「仮面を被った真実」 1


流石に徹夜明けが続くと身体がだるい。
早く湯でも浴びて横になりたいと、ようよう足を引きずるように戻ってきたというのにー

「よぉ、ヅラぁ」
今は見たくもない顔が出迎える。
「よれよれになっての朝帰りなんて、いい度胸してんじゃねぇか」
あげく昏い目で責められる。

「そこをどけ。そもそも、貴様に咎め立てされねばならぬ覚えはー
いきなり手首を捻り上げられた痛みで言葉が途切れた。
銀時を避けるようにして、扉を開けたことが気に入らなかったらしい。容赦なく爪が食い込み、かなり痛い。
「貴様、いきなりなんだ! 離せ!」
抗議の声は完璧に無視され、三和土に蹴倒された。
咄嗟に受け身はとったものの、ここは少々埃っぽい上に冷たすぎる。本当に腹立たしいことだ。
「なんでこんなことになってんのか、解らないとは言わせねぇ」
わめかれても解るものか。貴様の理不尽な仕打ちには慣れっこだ。いちいち理由を忖度する気などないわ。
「ゆうべ、なんであんなとこにいた?」
耳元で五月蠅いことだ。
だが、”ゆうべ”と言われ、思い出した。
昨日、色里でこやつの姿を見た。おれと違って独りだったので、こんなところで何をしているのだろうとちらとは思ったものの、それきり忘れていた。所詮、その程度のことのはず。なのに、 このキレっぷりから察するに、どうやら銀時はおれとは意見が違うらしい。
そもそもあんな場所にいたのはお互い様だろうに。おれだけを責めるのは筋違いというものだ。

「そんなことを訊くためだけにこれか?」
巫山戯るなー邪魔者を押しのけて立ち上がる。
やれやれ、着物の汚れを払わねばならんな。幸いエリザベスの手入れが行き届いているので二三度軽く撫でる程度で事足りた。
銀時がじっとこちらを見ているのが面白い。意外、なのだろう。おれが着るものに頓着している様が。確かに。普段のおれなら、な。

「早々に汚しては贈り主に申し訳が立たぬからな」
「贈り主……」
「風通御召などおれが好んで着るわけなかろう」
呆けたように繰り返すあほ面に向けてわざわざ説明してやるのはただの親切ごかし。 詳細な説明も無論、わざとだ。これは桐生のものだが、疑心暗鬼ついでに京都のものとでも思い込めばいい。
案の定、銀時は聞き分けのない子どものように顔を歪めた。

「言えよ、あんな場所でなにしてた?」
おれを問い詰める声にも苛立ちが滲んでいる。
「あんなーと貴様は言うが、では、そういう貴様の方こそなぜあんな場所に?」
「おれは仕事だ!」
「仕事? おれもだが?」
吠える相手に悠然とこたえてやれば、信じられないものでも見るような目つきで見返してくる。気のせいでなければ顔色も悪いようだ。
ふん。いい気味だ。




あんな場所、とおれは言い、ヅラもそう言った。
仕事だったとおれが言えば、ヅラもそう言う。
よくまぁ、いけしゃーしゃーと言えたもんだ!

「仕事だぁ?じゃ、てめぇの隣にいたのは誰だ?」
遠目にも判る渋めの銀鼠に虫襖の粋な縞が入った上品な身成の若造。ああいう金満家は攘夷活動に身を入れるにはちと満ち足りすぎてらぁ。
喚き散らしたい衝動を抑えながら、仲間とか言って誤魔化すんじゃねぇぞーと釘を刺した。

「言ったであろう、仕事だと。察しろ」
「察しろだぁ? 万年アルバイターが何言ってやがる」
「貴様に言われたくはない。おれがちょっと本気を出せば、貴様がなかなかお目にかかれないような額をほんの僅かな時間で稼いでみせるわ」
自信満々かよ、気に入らねぇなぁ。
金の話じゃねぇ。
似つかわしくない場所でこいつを見ちまったことでも、どっかのだれかから贈られたらしい一張羅でめかし込んでることでも、それをわざわざおれにアピールする底意地の悪さでもねぇ。 こいつから疚しさの片鱗がちらとも感じられないことが、だ。
これじゃぁまるで、テメェのやらかしてきたことを誇示してるようなもんじゃねぇか!
まさか、いくらなんでもそんなこたぁ……そう思ってた。

実のところー思わせぶりに言葉を切り、
「夕べも上々の首尾だったぞ」
言わずもがなのことをしれっと言いやがるまでは。
口の端だけでうっすら笑い、おれを試すかのようなその目ときたら!

「信じられねぇ……」
気がつけば、思わず口走っていた。
ヅラは、相変わらず冷ややかな目でおれを見てるだけ。
なんてこった。
マジで、なんてこった。



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