「そりゃー」 腰まで浮かせ急き込むように言いかけて、そのくせ、途中で言うべき言葉を奪われでもしたかのように銀時が押し黙った。 「以前な、銀時」 言葉を詰まらせた銀時に代わりおれは話し始めた。そう遠くはない、それでいてずっとずっと前にも思える記憶を。 「一方的に永遠とやらを誓い、全てをおれに捧げるとまで言った莫迦がいてな。その代わりーと無理強いされるようにして身体を繋いだのだが……結局、その男どうしたと思う?」 銀時はなにも言わない。ただじっとおれを見ている。 「黙って姿を消したよ。おれどころか、仲間も志も、なにもかもを戦場に捨て去ってな」 「ヅ……」 「ヅラじゃない、桂だ。何度言えば覚えるのだ貴様は。ひょっとして、自分の言ったことすらあっさりと忘れる男には難しいことなのか?」 首を傾げて問いかけてやれば、さっと顔色が変わった。居心地が悪そうに肩を揺すり始めたのが目障りだ。 「無論、ついてこいと言われて一緒に逃げ出すおれではない。その点で奴の判断は正しい」 今や恐怖に見開かれた銀時の視線を真っ向から受け止めたまま、おれは続ける。 「だから、恨んではおらん。これっぽっちもな。が、悔いてはいる。おれが何を悔いているか貴様に解るか、銀時?」 視線をおれから外させないよう名を呼び、今度こそは正真正銘本当のことを語りかけた。 銀時はまだ何も答えない。解るわけがないのだから、答えられるはずもない。 「おれはな、その男の言う永遠など端から信じてはおらなんだ。昔からいい加減な奴だと知っていたからな。それなのに、信じようとしてしまった」 銀時の目の底にちらちらと揺らぎ始めている諦念の色が段々大きく、濃く変化していく様をはっきりと認めた。目を凝らせば、愁傷までもがじんわりと滲んでいくようだ。 相変わらず打たれ弱い奴。頑強な肉体を授かっていながら、精神は呆れるほどに脆い。 大きな態で子供じみた怯え方をするのを見ていると、銀時とは見事に真逆の幼馴染みを思い出してしまう。あれもどこまで本気かはともかく、口ではおれに永遠を誓った愚か者の一人。 他にも何人そんな者がいたろうか。有象無象の輩のことは一々覚えてはおらん。そもそもおかしいであろうが、おれを自分のものにしようだなど。おれはー 「おれは誰かのものなどではない。銀時、無論貴様のものでもない。強いて言えば、その莫迦に一方的に自分のものとされただけのこと。そこにおれの意志などなかったし、 その上、勝手に捨てて行ったのだ。仮にそやつがおれが自分のものだと思い込んでいたとしても、それは勘違いというもの。独り逃げ出した瞬間そんなものは無効だ。貴様もそう思わんか、ん?」 我ながら針のような言葉だ。恨んでいないと断言しておいてこの態だ。おれは、これだけ言えば銀時はしばらく何も言えなくなるだろうと知っていた。 我に返ることもなく、当然怒り狂うこともなくただじっと呆けたような様をするだろうと。なのに……。 銀時は、 銀時はおれの予想通り、その場に縫いつけられたかのように動かない。 面は死人のように饐えたような暗い色だけを湛え、双眸は何も映さず瞬きすら忘れたかのようだ。 言葉が過ぎた。 どうやら自分で気付いているよりもっとひどく恨んでいたものらしい。 「……銀時」 できるだけ穏やかに言うのに、それでも銀時は無反応のまま。 「銀時!」 もう一度。強く、それでいて優し気に聞こえるよう意識しながら名を呼べば、やっと顔を少し上げた。僅かな生気が双眸に立ち上がるのを確認し、 「だが安心しろ」 噛んで含めるように言ってみる。 「さっきも言ったようにおれはその莫迦を信じようとした。そして、信じてしまった。一旦信じた以上、おれはその莫迦を裏切らん」 銀時が今度ばかりは確りと視線を寄越した。歓喜と疑念と、その他諸々の形容しがたい感情が複雑に入り交じった結果のような泥色の目で。 「じゃあ、……なんで?」 また「なんで」ときたか。 これでは話が一巡しただけではないか。柄にもないつまらぬ情けが徒となったらしい。やはり捨て置くべきだったか。 「おれがどうしようがどうなろうが変わらぬ心が金打というもの。それで貫けぬようなものは永遠とは言わん」 泥色の目が、更に濁りを増していく。が、それがどうした。ここで、言い聞かせておかねばならないことがある。 「おれはその莫迦が誰を抱こうと一向にかまわん。相手が男だろうが女だろうが関係ない。金のためだろうが、なんらかの情が介在しようがそれは同じ。大切なのはな、誠の心だとは思わんか? 身体など所詮ただの容れ物」 無論詭弁だ。舌を滑っていくのは上っ面だけの言葉。しかし、ここで無理矢理にでも言い聞かせておかねばこの先同じ事の繰り返しになるのは火を見るより明らか。 言葉で畳みかけることでなら、おれは銀時をねじ伏せることが出来る。 「全ては無理だが、心だけはずっとあの莫迦にくれてやったままだぞ?」 微かに笑んでやれば、口の端を少し上げ、好き勝手向いている髪をくしゃりと撫でると、ホッと息をつき揺すり続けていた肩の力を抜いていく。 何度も何度も梳くように愛おしむ内、憑き物が落ちたかのように徐々に落ち着いていくように見えた。 「全部はくれねぇの?」 訴えるような声は小さく、そして弱い。恨むような上目遣いは隠し切れていない。 どうやら、なんでだよ? と今度こそ全身で訴えているものらしい。 そんなものを見てしまえば、さすがのおれも胸が重い。 ここで真を告げられればどれほど楽なことか。 悔やんでいるのは、貴様を信じたことなどではなく、全てを与えてしまったことだと。 全てを与えてしまわなければ、ひょっとしたら貴様は姿を消さなかったかもしれないと。今でもおれの隣に立っていたかもしれないと、そんなありもしないことを考えてしまうほどに悔いていると。 だが、言えぬ。 二度と貴様が消えたりせぬように。 「無理だ」 一生告げるつもりのない真は押し包み、歪みそうになる唇からやっと絞り出した短い言葉。 それきり、かける情けはないとばかりに背を向けた。 |