「仮面を被った真実」 3


「なんでだよ」
銀時は譫言のように繰り返す。
吠えるのは勝手だが、いい加減しつこい。
しつこいと言えば、こいつはいつになったらこの不作法な指を引き抜くつもりだ?
曲げた指でぐりぐりと掻き続けられるのは酷く痛い。這い捩って逃れるには、のしかかっている身体は重すぎる。無理に動けば引っ掻かれ、傷をつけられかねん。
最悪だ。

「いい加減に抜け!」
叱っても、効果なし。
わざとらしくため息を吐いてやれば
「気持ちいい?」
とくる。
莫迦、か!

「痛いだけだ!&nbs;退け!」
重ねて言えば、渋々という風にやけにゆっくりと背中からは降りたが……それでも銀時は指を抜こうとはしない。 むしろ、執拗に掻き回す。
もう、我慢ならん。
仏の顔も三度まで。仏ですら三度だ。ただの人である以上、三度も我慢する必要などあってたまるか!

「痛いと、さっきから言っておろうがぁぁぁぁ!!」
引っ掻かれるのを覚悟で無理矢理起き上がってみれば、目の前には本当に駄々っ子のように拗ねている大きな子ども。 いつものように猫背で、大きな身体を縮ませるように胡座をかいて、ひねこびた目で見つめている。 睨めてやれば、悪餓鬼に相応しい食いつきそうな目で睨み返してきた。

「ねぇ、なんでだよ?」
「なんでおれが貴様にこんな目にあわされねばならんのかいう問いなら、おれの知ったことではないわ、貴様が己の胸にでも訊け」
ー迷惑だ。
「なんでこんなことさせてんの?」

「勝手にのし掛かってきたのは誰だ!? 貴様だ! 退けと言って退かなかったのも貴様だろうが!?」
「さっきからはぐらかしてんじゃねぇよ! おれが言ってるのはそーゆーことじゃねぇって知ってんだろうが!」
まぁな。
軽い意趣返しのつもりだったが、さすがにキレたらしい。

「おめぇが、昨日の、成金青二才に、なんで、好き放題させたかって、訊いてんだよ!」
一言一言を噛みつくような勢いで話し始めたと思ったら、最後にはとうとうがなり出した。 いざ口に出してみると、自分の言葉に煽られて怒りが再燃したとみえる。
こうすとれーとに切り出されては、仕方ない。お望み通り、まっ正面から相手をしてやろうではないか。
結果がどうなってもおれは知らんがな。



「言いたいことがあればハッキリ言え。貴様と謎かけなどするつもりも時間もない」
手際良く乱れた衣服と居住まいを正し、ヅラは真っ直ぐ見つめてくる。
凛とした声。強い目の光り。
疚しいことなどこれっぽっちもないって訳ですか。あー、そーですか。
なんなんだよ、こいつは!

「なんでー
ヅラがいい加減聞き飽きたと言わんばかりに目を眇めるのが目に入って、みなまで言うのを止めた。
確かに聞いても無駄だろう。ヅラの答えは解ってる。
「必要だった」
それだけ。
攘夷のためなら、てめぇの身一つで出来ることならなんでもやる奴だった。てか、今もやる、っつーか、やってきたとらしい。
おめぇがどんだけ攘夷に身を入れてるかは知ってるつもりだ。今更邪魔するつもりもねぇし、止める気もねぇ。 てめぇにそんな資格も権利もこれぽっちもねぇことだって弁えてるつもりだ。
けどよ、人として超えちゃなんねぇ矩ってもんがあんだろうが。
おれというものがありながらーなんて安っぽいメロドラマのヒロインみてぇな陳腐な科白、こっ恥ずかしくて言いたかねぇし、言うつもりもねぇけど。 それでも、やっぱおれらはそーゆー間柄なわけで。そこんとこ、おめぇはどう思ってる訳?

「ヅラぁ」
呼びかけると、鋭い視線だけを寄越した。このとーへんぼく、「ヅラじゃない」も言いやしねぇ。
挑むような目を見て腹は括った。ストレートにぶつかるしかねぇ。



「なんでこーゆーことしちゃうわけ? 」
知っておる癖に。万が一、本気で聞いているなら貴様は大たわけだ。

「おれはもう攘夷に関わる気はこれっぽっちもねぇ。けど、おめぇを止めるつもりもねぇ、止められるもんでもねぇし」
少しは弁えているではないか、銀時の癖に。

「けどよ、こんなのははっきり言って……不愉快だ」
「貴様が不愉快? だからなんだ? おれには関係ない話だ」
また、銀時が揺らいだ気がした。が、すぐに気を引き締め治したらしく、
「関係ないだぁ!? んなことねぇだろうが!」
無駄にでかい声で喚いた。やかましい奴め。
「むしろ、なぜ関係あるのかわからんな」
澄まし顔で告げてやれば、今度こそはっきりと銀時が揺らいだ。ショックを押し隠す余裕もないらしく、若干身体が傾いでいる。
普段虚勢を張っていると男にしてはいささか気の毒な眺めではあるが、まだ身体がヒリヒリ痛む身としては、正直、胸がすく思いしかない。
それにー
こやつの言いたいことは解っている。
おれに裏切られた、とそう言いたいに違いない。

「おめぇはおれのもんじゃねぇのかよ!?」
やはり、な。
貴様、被害者気取りか。
だがな、生憎おれは誰かのものになった覚えなどない。
だから、問うてやった。

「むしろおれが訊きたいものだ。なぜおれが貴様のものだったりするのだ?」



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