心契 その3

「なんだ、どうしたというのだ、銀時?」
我にかえった桂が腕の中でもがきながら尋ねてくるのを無視して、銀時は割り当てられている部屋へと大股で急いだ。
遠くで怒声がする。今のところそれだけのことで、幸い追ってくるような者はいない。


部屋に入り桂を下ろすと、銀時はさっさと布団を延べた。まだ少し放心状態なのか、桂はそれをぼうっと見ている有様だ。
「ほい、出来た。寝ろ、ヅラ」
そう言って、銀時は桂を布団の上にころりと転がした。

「ま、待て銀時、一体何がどうなってる?おれはなんでこんなに頭がぼうっとしてるのだ、てか痛い!」
教えてくれーというので、銀時は桂の側にあぐらをかいて座り込み、
「あの蝦蟇の野郎がおめぇに酒をガンガン飲ませやがったの!で、断り切れないヅラ君がそれを素直に飲んじゃって、もう少しでやばいことになるところだったの!」と教えてやった。
「酒か、頭が痛いのは」
「そ」
「…よく覚えておらん」
「それが酔ってる証拠っしょ?」
「で、やばいことになるところだったとは?」
「は?」
「おれがあの蝦蟇に何をしようとしたというのだ?まさか抜刀しようとしたのか?お前が止めてくれたのか?酔うと理性が失われるというのは本当だな」
桂のあまりにもとんちんかんな発想に、銀時は自分まで頭が痛くなったような気がしたが、多分、気のせいではない。
「や。それなら止めねぇ…や、やっぱ止めるわ。でも、そうじゃねぇ、お前があの蝦蟇にされそうになってたの」
「何を?」
「だから、やばいこと」
気付よ、ヅラ!と銀時は思う。
「…抜刀?」
って、おいぃぃぃぃ!お前の頭ん中はそれ一色ですか!そんなにしてぇのか、抜刀!ひょっとして普段めっちゃ我慢してるんですか?気持ちは解るけどよ。
「違ぇよ、おめぇを無理矢理酔わせた挙げ句担ぎ上げて、そのままどっかに連れ出そうとしてたんだぜ?そんなのに連れてかれちゃったら今頃どうなってたか解るでしょ、ヅラ君?」

銀時が懇切丁寧に説明してやると、桂は最初ぽかんとして、それからいかにもぞっとしたーという顔つきになり、「おれは男なんだが?」と言った。
あーあ。今更何言ってるんでしょう、この子は。そんなことはあの蝦蟇だって百も承知だってーの。そんなこと、関係ないって解んないのかねぇ。こりゃ、銀さん前途多難だわ。

「ま、今回で懲りたろうから、しばらくは大丈夫じゃねぇの?」
けど、これからは気ぃ付けろよ―銀時はそう言って桂の頭をぽんぽん叩いてから、横になるように布団を顎で示した。
「懲りた、とは?」
「ああ、おめぇにはおれがいるんだって風に思わせといたし」
素直に布団に潜り込みながら聞いてくる桂に、銀時はさっき何があったか、自分と高杉が何をやらかしたかを話してやる。
「冗談ではないぞ、銀時!」
一連の話を聞いた桂が血相変えて飛び起きた。
公衆の面前での口移しはさすがに拙かったかという銀時の心配をよそに、「蝦蟇に誤解されては、お前が困ったことになるぞ」と思いがけもしないことを口にした。
え、口移しの件はスルーですか?ま、いいけどよ…。
「あいつ、きっとお前に嫌がらせをするぞ、銀時」と随分気遣わしげに言うので、銀時はさっき誰かが言っていた話を思い出した。
睨まれたらとんでもない任務を押しつけられて殺されちまうぞ、か。
「ああ、あの噂おめぇも知ってんの?」
桂はこくりと頷いて「どうしよう、銀時。お前にもしもの事があったら…おれは…」
後は言葉にならず、すまん、と項垂れる。
「すまない、おれが迂闊だった為にお前を巻き込んだ…」
長い髪が垂れ、表情を隠してしまっているが、それでも桂が滅多にないほど打ちのめされて悄げているのが銀時には手に取るようにわかる。
「いいじゃん、別に」
「よくない!こんなことで死地に送られては割に合わぬ!自らまいた種とはいえ、なんとか誤解を解く方法を真剣に考えるべきだ!」
「いいんだよ、ヅラぁ。誤解じゃねぇ」
どこが、とばかりに潤んだ瞳で睨められると、酔っているせいと解っていても心がざわめく。下手をしたら墓場まで持っていくつもりだった 言葉を告げてしまいそうになる。
桂は、は?というように目を見開くと、いつもの癖で小首を傾げてみせ、黒髪がまるで銀時を誘うかのように流れ、目の毒だと解っていても目が離せない。

もう無理だ。悪ぃ。

「誤解じゃねぇんだよ、ヅラ。おれぁ本気だ。本気でおめぇに惚れてる。いつからか思い出せねぇほど、ずっとずっと前からだ」
一気に告げた。そして、だからー気にすんな、と。


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