心契 その5

毒を喰らわば皿までも。
今、言わないと一生言えねぇかもしれねぇ、と銀時は改めて腹をくくりなおした。

「だぁかぁら!おれはおめぇの代わりにおねぇちゃん達で我慢してたの。解るか? あのおねぇちゃん達と付き合う前から、本当はおめぇがよかったの、おれは」
「う」

こんどは”う”かよ。なんだよそれ。次に”え”、とか言ったら、一発殴らせてもらうかんな。
「おれはおめぇが男だと知ってて、それでもおめぇがいいわけ。てか、おめぇじゃなくちゃ駄目なの」
多分、蝦蟇だってそうなんだろうと銀時は思ってる。見てりゃわかる。あいつはこいつをこいつとして欲している。
確かに何人かはヅラを女代わりにしてぇだけだろう。でも、みんながみんなそうじゃねぇ。 男だと解っててもなお求めてしまう奴も少なからずいるのだ。蝦蟇みてぇに。この、おれのように。
「ぶっちゃけおれも最初はなんで男に惚れたんだか悩んだけどよ、惚れちまったもんは仕方ねぇだろ」
銀時は桂が困惑している今、ここぞとばかりに積もりに積もった思いをぶちまける。
桂の頭ん中はきっと”?”だの”!”だのだらけだろうが、知ったこっちゃねぇ。こっちは長年我慢してきたんだ。もう止まらねぇ。
「おれも、こんなこと言うとおめぇが怒ったり、困ったりするの解ってたんで場合によっちゃ墓場まで持ってくつもりだったんだけどよ。けど、もう無理だ。抑えきれねぇ」
ついでに、軽蔑され嫌われる羽目になるのも怖かった、と胸の裡でだけ呟く。

「…マジでか?」
なんだよ、おめぇは!この緊迫した場面で出る言葉がそれかよ?
けど、ここでめげてはいけない。相手は桂なのだ。しかも幾分酔いが残っているはず。
だから銀時も真剣に「マジだ」と同じく巫山戯た言葉で答えてやる。
桂は時折うーうーと子供じみた唸り声を出しながら、やっぱり納得のいかない様子で考え込んでいる様子で。
そんなこと考えてみても埒があくわけねぇのに。男同士という壁を前にしては、おれの気持ちはどうしても腑に落ちねぇってか。
「なぁ、惚れてでもなきゃさっきみたいなことが男に出来るわけねぇだろ、ヅラ?」
おれの言葉にびくっと身体を強張らせ、それでも桂はなお疑わしげな目を向けてくる。こいつも相当しぶとい…。
だからって負けてられっか。もう、こうなりゃやけだ。
銀時は咄嗟に桂の手首を掴むと、中腰になって逃げかける身体ごと自分の方に引き寄せると、掴んでいる手の掌をおのれの下肢に押し当ててやる。
いましがたの深い口づけの名残で、銀時のそこはまだ充分熾っているのだから。
さっきのでも解らないなら、こいつでどうだ?
桂があまりのことに目を丸くするのが目に入った。
「な…解った?」

からくり人形みたいにぎこちない動作で、桂はぎこちなくこく、こくと頷いた。
驚きのあまり声はなんも出てこねぇみたいだ。ふん、やっと解ったか。
手を離してやると、桂はそのままその場にぺたんと座り込んで、唖然といった風に銀時を見上げてきた。
それに、一つ頷いてから、「で…ヅラ…おめぇはどうなの?」と銀時は訊いてみる。
「え、おれ…?」
「おれのこと…嫌い?」
銀時は、嫌い、などと言われるわけがないと知って訊く。
「や…そんなことは…な、い…」
だよな、と銀時は思う。
「じゃあ、好きか?」
好きに決まってるよな。友だちとして、仲間としてだけど。
「や…そりゃ、まぁ」
当然そう答えるよな。歯切れが悪いのは仕方ねぇ。困惑に乗じて言わせてるんだし。けど、問題はこっからだ。
「…ヅラ…おれはおめぇが…」
「待て!銀時、落ち着け!」
みなまで言う前に、桂が必死になって銀時を押しとどめてきた。
「…もう待てねぇ、って言ったらどうする?」
桂は、ひっ、と言いたげな表情で銀時を見たが、ぎゅうっと力を入れて目をつぶり何かを考え始めた。あんまり目に力を込めているものだから、眉間にまで深い皺が寄っている。
「とにかく、待て銀時。」
やっと口を開いたと思ったら、そんなつまらない返事。また、口を塞いでやろうかと銀時が思った時、桂がまた言葉を継ぎ始めた。
「しばらく待て。貴様、言ったではないか。ずっとずっと前からおれに惚れてたと。けど」
「けど、なによ?」
「けど、おれはそんなこと今まで一度たりとも考えたことがないのだぞ。しかも、たった今、その話を聞かされたばかりで…。頼むから、少し考える時間をくれ」
「どんくらい?」
「わからん」
それだけ言うと桂はとっとと布団に潜り込んだ。本当に酔ってるのかと思うほどの早業だ。
銀時が引っぺがしてやろうかと掛け布団に手をかけようとしたら、「本当に…本当なのか、銀時?」という桂のくぐもった低い声がした。
まだ疑ってんのー?とは言わずに、ただ「ああ、大マジだ。気が狂いそうなほどにな」とだけ答えて、銀時は布団ごと桂ぎゅっと抱きしめた。

桂はそのまま何も言わなくなってしまい、その後すぐにこちらに向かっているらしい複数の足音が近付いてくるのが聞こえたので、銀時がそれ以上の話をする機会は失われてしまった。


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