心契 その6

「おう、銀時、ヅラはどうだ?」
そう言いながらまず入ってきたのは高杉だった。さすがに気を遣っているようで、その声は幾分控えめだ。
「桂さん、やっぱり酷く飲まされてたみたいか?」
「体調はどうなんだ?」
「もう眠ってるのか?」
他の連中も、部屋に入ると口々にひそひそ声で尋ねてくる。みな、布団に潜り込んでいる桂を見て心配している。
「大丈夫、大丈夫。さっきまで普通に喋ってたんだぜ。でも、あんだけ酔ってたんだからって、無理矢理布団にほうりこんじまったらすぐ寝ちまったみてぇ」と嘘混じりの説明をしてやると、みんな納得したのか一様にホッとした様子を見せた。
「で、おめぇらのほうはどうよ?」と、今度は銀時が訊く番。
二人してとんずらした時に聞こえてきた怒声が今になって気になった。こいつらに妙なとばっちりがいってなけりゃいいが、と。

「ふん」と高杉が鼻を鳴らした。でも、シニカルなものでなく、珍しくどこか面白がってるようだったので、銀時も興味をそそられる。
高杉の言うことには、蝦蟇がヒスを起こして周囲に散々当たり散らしたとか。
ああ、なんとなくそういうタイプだよね、あれ。予想通りじゃん。
「幸い、おれ達とは場所が遠く離れてたからな、八つ当たりされたのは上の方の連中ばっかだ」と一人が愉快そうに報告してくれる。
「そ、そ。傑作だったよな、みんなそれなりに酔ってるもんだから、仕舞いには大げんかになって、蝦蟇なんか刀まで持ち出しちまってよ。抜刀騒ぎだ」
出た、抜刀!まじかよ。
流行ってんのか?抜刀。
こんだけ毎日みたいに天人斬ってて、まだ人に刀向ける気になるなんてどんだけ血の気が多いのよ。

銀時はちらりと桂が潜り込んでいる布団の方を見る。中身が動くような様子はなかったので、話を聞いているのか眠っているのかの判断はつかない。
「で、どうなったの?」
「さすがに我に返った連中が数人掛かりで蝦蟇を押さえ込んで、なんとか刀は取り上げたみてぇだ」
「蝦蟇の奴、真っ赤になって怒っててよ、油でも採れそうな勢いだったぜ」
「ばぁか、蝦蟇の油ってのは、冷や汗の方だろうに」
その時の様子が本当におかしかったのか、みなが思い出して笑ったので銀時もつられて笑った。
「でも、よくあんなことやったよなぁ、坂田」
どうやらあの口移しのことを言ってるらしい。そう言う男の顔は笑っているというよりどこか羨ましげだ。
「高杉もにやにやして見てんだもんな、剛胆だよ、お前らそろって」
「坂田、よく桂さんに殴られなかったな」
れ、こいつなんか物騒なこと言うじゃん。おれが殴られた方がよかったのかよ…と思ったが、さっき初対面の時に桂をお嬢さん呼ばわりしてアッパーをくらったと白状した男だったことを思い出す。
「命拾いしたなぁ、お前は」としみじみと付け加えるのをみると、よっぽど桂のアッパーに懲りたらしい。
気の毒に、ヅラのあれはマジ痛ぇからなーと何度か喰らったことのある銀時は心底同情する。
「しっかし、役得だよなぁ」
「なぁ」
誰かが言うと、アッパーをくらわされた奴までもが真顔で頷いている。
止めとけ!おめぇら、ヅラが起きてたら後でまたアッパーですよ、と銀時は心の中で叫ぶ。
起きてて聞き耳たててたりしねぇだろうな…マジで寝ててくれよ…とおそるおそる桂の方を見ると、同じく桂入り布団の方を眺めていたらしい高杉の視線と合った。
「で、てめぇどうする気だ、銀時?」
「なにをですかぁ?」
何が言いたいかは知っていたが、万一にも桂が起きていたときの用心に、銀時はわざと気の抜けた返事をする。
「蝦蟇の奴だ。あと一息ってところでヅラを掻っ攫われた挙げ句、下の連中もいる所で恥かかされたんだ。絶対逆恨みするぜ、ああいうタイプはよ」
そう言いながら高杉はまだ桂の形に盛り上がっている布団をじっと見ているので、銀時と同様、高杉も桂が起きているかもしれないと考えていることがわかる。
逆恨みねぇ。
しそうな奴ではあるねぇ、確かに。噂もきっと本当なんだろうしなぁ…。でも…
高杉の一言で、先ほどまでの楽しかった雰囲気が一気に暗いものへと変わった。みな一様に銀時を気遣わしげに見てくる。
「んー?今考えててもしょうがないでしょ。そん時考えるわ」
虚勢でも何でもなく本心からそう言うと、高杉はてめぇらしい、と言って口の端だけで笑って見せた。
他の連中は高杉ほどすっきりはしていないようでどこか不安げなままだったが、当人である銀時があっけらかんとしているのでそれ以上は何も言わず、その夜はそのまま桂の周囲にてんでに布団を敷いて眠りについた。

夜中、銀時は何度か桂の方を見たが、そこには土饅頭みたいなふくらみがあるだけで、じっと見ている内に銀時はなんとはなしに気分が滅入ってしまった。


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