心契 その7

あの日以来、桂lから避けられるようになった…と銀時は感じていた。
あからさまに目を逸らされることもなければ、話しかけて無視されることもない。だから、他の奴らはおれとヅラの間に出来あがっちまった溝には気付いてねぇ。
けど、おれには解る。
出来るだけ普段通りに振る舞おうと、ヅラが努力しているのが解っちまう。
そう、おれと普通に接しようとするのには今や努力がいるってこった。
ヅラの答えをちゃんともらいてぇ。イエスでもノーでもいいから…や、ノーは勘弁。ここはぜひ”イエス”であって欲しいけどよ…なんにせよ今の生殺し状態はきつい。せめてもう一度二人だけで話をしてぇが、いつだって周りには誰かしらがいて思うようになんねぇ。
戦闘中にそんな話は持ち出せねぇし(命がいくらあっても足りねぇ!)、夜は数人で雑魚寝。 おまけに大方の予想通り、蝦蟇の奴がおれを見る目つきが剣呑だ。他の奴らと同じくおれとヅラの間に漂う微妙な空気には気付かねぇで、嫉妬に狂いまくった視線を寄越す。
あのね、おれ、嫉妬されるような覚えないですから、残念だけど。なんかかえって悔しいけど。
けど、蝦蟇の目。ありゃ、良からぬ事を考えてる目ですよ。
なんかもう、あっちもこっちも…参るねぇ。
桂と蝦蟇上官。頭痛の種を二つ抱えたまま、銀時は普段と変わらないように見える生活を続けた。闘い、食って眠る。それだけの。

そうこうしている内にのろのろと一月ほどが経ち、銀時達が陣を張っている場所から西の方角に、天人たちが根城のようなものを建て始めたとの知らせが斥候から届いた。
それが完成してしまうと色々困ったことになるということで上の方の意見は一致した。
誰が考えてもやばいことには違いない。なんとかすることには賛成だと銀時たちも思っていた。例え普段から気に入らない偉そうな連中の言うことでも、だ。
数日にわたって戦闘の合間合間に作戦会議が開かれた。悠長に日数をとってる場合ではないはずだが、慎重が一番とかでの小田原評定。いざというとき先兵になる下っ端のところまでは肝心の会議の内容は伝わってこない。いい加減、みんなじりじりし始めているというのに…。
それから更に二日ほどが無為に過ぎてやっと当座の方針がまとめられたらしく、陣にいるもの全員が一所に集められ、ありがたく命令を待つ身となった。

「指揮官は誰かな?」
「蝦蟇は嫌だな」
「あいつ、見た目は蝦蟇だけど中身は猪だからな」
「けど、有能だから指揮官なんてやってられんだろ?能力ある奴が一番だぜ」
と、蝦蟇に関係する言葉を銀時の耳は上手に拾う。やれやれ、有りがたくもねぇと思いながらも。
他にもひそひそと、やれ一番槍は誰だの、突撃はいつだの五月蠅い五月蠅い。

「誰が指揮官でも変わらねぇよ、おれはおれの命令に従うだけだ」と高杉は吐き捨て、桂は桂で「切り込み隊長でも何でもやるから、はやく方針を決めろ無能者ども」と焦れている。
ほんとおれの幼なじみたちは血気盛んでいらっしゃる、と銀時はそんな二人を見てぼんやりと思う。
銀時はなんでもいいから、早く始めてすませてとっとと終わらせて欲しいと思っているだけ。正座をさせられていて先ほどから足が痺れだしているのだ。

「出てきたぞ!」
会議をしている部屋を見張っていた仲間から送られてきた合図で、みなは一斉に押し黙り、今回の作戦の指揮官から作戦を授かるのを大人しく待っていた風を慌てて装った。
嫌な予感ほど当たるもので、偉そうに歩いてきたのはやっぱり蝦蟇で。
蝦蟇は銀時たちの正面まで悠々と歩いてくると、「おれが今回の作戦の指揮を執る」とこれまた偉そうに宣言した。
周囲が一気に緊張した。これからここにいる者たちは、この蝦蟇の言う通りに闘い、場合によっては死ぬことになる。
銀時は、さっき蝦蟇は嫌だと言っていた男の方をちらっと見たが、やはりどこか顔色が悪いように見えた。もっとも、多かれ少なかれ周囲連中の顔色は良ろしくないようだ。
ぐるりと銀時をはじめその場にいる者たちを舐めるように見回してから、蝦蟇が作戦とやらを喋り始めた。
途中、銀時のところで視線を止め、すこし睨み付けた気がしたのは気のせいではないはず。蝦蟇が話し終えると、どこかで悲鳴のような唸り声がかすかに上がった気がした。

その夜、乾坤一擲の大勝負を明日の未明に控え、銀時達はいつになく神経を昂ぶらせていた。
飲めるだけの酒を飲み、そのまま死んだように眠り込む者がいた。
黙りを決め込み、日が昇ってくる方向を一心に見つめる者が。
親しい者と水杯を交わす者たちも。
生きて帰れるとは多分誰も信じていなかった。
銀時を含めた数人が、陽動作戦の為の囮ーと言えばまだきこえはいいが、要するに見殺しにされるための見せ餌となるように定められた。
夜明けと共に、少数精鋭で斬り込む手はずだ。
けっ、笑わせる。
おれと付き合わされる連中は可哀想に、と銀時は思う。
ヅラにアッパーを喰らわされた奴をはじめ、おれと同室の奴の殆どーはっきり言うと高杉とヅラの二人を除いた全員が銀時の隊に入れられた。
せめてもの餞のつもりか、それともおれと仲が良さそうなことへの嫌がらせか。
多分後者だなと銀時は結論づける。
こう言っちゃなんだが、高杉は上の連中も認める猛者だ。見殺しにするのは惜しかったんだろう。おれも見殺しにするにはそこそこもったいない逸材のはずだが、男の嫉妬は恐ろしいねぇ。ま、先鋒隊の隊長なんぞ、下っ端の中じゃ高杉かおれか、ヅラくらいしか上手くやれねぇだろうから、消去法でおれに決定ってとこだろう。
その高杉は高杉で、小隊を引き連れさせられ、体良く遠くに追いやられることになっている。
そうですか、やっぱり邪魔者は遠ざけますか。
桂は本隊。しかも副官並の扱いだ。
桂が一番安全そうなところに配置されたのは、願ったり叶ったりで、銀時はその点だけは蝦蟇に感謝している。もっとも、本人はいたく不服気で、むうと唇を尖らせていた。
それをまた蝦蟇が上手く見つけて、にやけた面したのにはむかついたけどな。
でもよぉ、こんなの作戦じゃねぇよなぁ。数日もたもたやった挙げ句がこれですか?お粗末にも程があらぁ。要は色々考えてもいい考えが浮かばなかったので、取りあえず突撃しとく?でも、自分たちは嫌だから、下っ端にやらせたらよくね、的なノリじゃねぇの?きっとそうだよ、違いねぇよ。全くそろいもそろって馬鹿ばっか。
高杉かヅラに考えさせたら、もっとマシな作戦を半日掛けずにたてるよね。
なのに蝦蟇ときたら、天人達は根城の件が漏れているとは知らないだろうし、知っていても正面切って攻撃してはこないと高をくくっているはずだから(当たりめぇだ。そんなことする馬鹿は普通はいねぇもんだ)、そうとう驚かせることが出来るはず、とほざきやがった。
あー、そうですか。なら、てめぇがやれ!
銀時は不満を感じずにはいられない。しかし、所詮若輩者の彼には否やを言う権利は一切ない。

噂は本当だった。
精鋭部隊とやらに選ばれた銀時以外の者たちからは怨嗟の声も漏れたが、それよりは諦観のため息の方が大きかったように思う。
おれが少数を従えてまず斬り込み(ご丁寧に小隊長もとい先鋒を仰せつかった)、天人達を混乱させたところで、隠れていた本隊が押っ取り刀で颯爽と駆けつけて下さるってよ。
けっ。笑わせんな、嘘ばっかり、と銀時は毒づく。
おれ達が壊滅したのを見届けてからのうのうと現れるつもりなのがみえみえなんだよ。
あー、あいつの思い通りになんかなりたくねぇな。胸くそ悪ぃ。
それに、まだ死にたくもねぇ。

なぁ、ヅラ…………


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