心契 その8

「おい、銀時」
突然、部屋の外から高杉が声を掛けてきた。
あと半刻ほどで陣を出る銀時は、他の連中の顔がしめっぽくて気が滅入りがちになると言い、一人部屋にこもっていつものように畳の上でごろごろしていたところだ。
「んー?」と返事をしたら、決死の出陣を控えた野郎とは思えねぇと高杉に思い切り笑われた。くそ。
そのくせ、「おれもてめぇと一緒に行く。連れて行け」なんて嬉しいお言葉。晋ちゃん、意外と友情に厚いねぇ。

「おめぇはおめぇで隊を率いて、おれより先にどっか出陣することになってんじゃん。小隊長が勝手なことしちゃ駄目でしょー」
気持ちは嬉しいが、筋は筋。こいつがいなくちゃあの隊は烏合の衆。ひとたまりもねぇ。
これも多分蝦蟇の嫌がらせの一つ。おれと高杉を(もちろんヅラも)一緒に組ませない。ご丁寧に、高杉が飛ばされることになっている場所は、そんな遠くで何させるつもり?ってくらい遠い。行くだけで半日以上はかかる寸法だ。戻ってくる頃には、なんもかも終わっちまってることだろう。 おれ達のこと、助けたくても助けらんねぇって訳。嫌がらせもここまで念が入ると痛快に思えらぁ。

「銀時」
「ああ?」
「死ぬなよ」
「死なねぇよ」
「先生の仇を討つ前に死んだりしやがったら、おれがこの手で殺してやるからな」
こいつが言うと冗談に聞こえない、てかマジだわ。やりかねねぇよ、こいつなら。晋ちゃんってば本気で墓でもなんでも暴きそうだもんね。おー、怖。天人なんかよりよほど怖ぇ。
「はいはい。晋ちゃん、もう出る時刻っしょ?お見送りはしないけど、そっちこそ死なないでよね」
「おれが死ぬかよ」
「だろうね」
銀時は寝転がったままでバイバイと、手を振った。
高杉はそんな銀時を見てにやりと笑うと、そのまま背をむけた。別れの挨拶なんてお互いなしだ。ドライでいいと銀時は思う。

「入れよ」
高杉が部屋の外にいる誰かに声を掛けるのが聞こえた。
千客万来。銀さんも結構慕われてね?
高杉に促される形でそっと入って来たのは桂で、銀時は思わず起き上がり、姿勢を正す。
目の位置が高くなったことで、こちらを見ている高杉と目が合った。高杉は意味ありげな笑みを見せると、今度こそそのまま立ち去った。

桂は、何も言わないまま銀時の側まで来ると、静かに座り姿勢を正した。背筋をピンと伸ばし、目を真っ直ぐ向けてくる。
それは、ここしばらく避けられていたのが嘘のような普段と変わりない目で、そのことがかえって銀時を緊張させた。
そんな銀時を前に、桂はただ一言「すまない」、と言った。

「…えーと、ヅラ君…それは?」
返事なのか蝦蟇に先鋒を仰せつかる羽目になったことを言っているのかが解らず銀時が反応に困っていると、「お前をこんな危険な事に巻き込んだこと、本当にすまない」と話し出したので、ああ蝦蟇の件だと判断する。
「何言ってんの?危険じゃない戦なんてどんな戦よ?」
「にしても、この布陣は明らかに意趣返しではないか、こんな…」
「どっちにしろ遅かれ早かれこうなってたって。あれがバレ時、バラし時だったんだよ。おれ、結構限界来てたし」
何かを言いつのろうとした桂を銀時はそう言って遮った。

「同じ部屋で寝たり、一緒に風呂入ったりするたんびに他のことに気ぃ逸らすのはそりゃあ大変で」
どうやら思い当たる節があったらしく、桂がああ、という顔をみせた。
納得するのマジおせー。
「あんな事があったお陰で、おれぁお前になんとか本音を伝えることが出来た。もう押し隠さなくってすむんだって思ったらめちゃくちゃ楽になった」
だからー
「気にすんな。な、ヅラ」
銀時はそう繰り返す。
「それに、おめぇのそんな顔、あんま見たくねぇし。悄気てるなんてらしくねぇじゃねぇか。いつもの仏頂面の方が何万倍もマシだぜ?」
「仏頂面とはなんだ」
桂は、そう言うとやっと少し笑みを浮かべた。
それは随分と儚げなものだったけれど、どんなものであれ笑顔を一つ引き出せたことに、銀時はホッとした。
これ以上二人だけでいると、また余計なことを言ったりやらかしたりしそうな自分が怖くて、銀時は部屋から出るべく立ち上がった。
そして、じゃ、おれ行くわーと言いかけたところに、桂が「この前の件だが」と唐突に切り出してきた。
銀時の心臓は瞬時に跳ね上がり、次の言葉を全身で受け止めようとする身体が強張った。


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