心契 その10

「銀時…苦しい!」
桂が訴える。確かに眉根がきゅっと寄っている。
「すまねぇ、でも、もうちょっとだけ…」
けれど銀時は更に抱きしめる手の力を込めた。
「銀時!」
くぐもった声で桂が本気で抗議してくる。
「なによ?もうちょっとって言ってるでしょ」
じっとしてなさいーと銀時が言うのに、「話は終わってはおらぬ!」と言う。
え…マジ?まだなんかあんの?
銀時はしぶしぶ桂を放すと、文句を言われる前にきちんと正座した。
「なんなんですか、もう。今更さっきの無し、なんて取り消し禁止よ?」
それこそ立ち直れねぇ、今からの出陣ですぐにも討ち死に確定だかんな、と文句を言う銀時に、桂は「条件があるのだ」と真顔で言い出した。
条件?んだよ、それ。よからぬ話じゃねぇだろうな。
訝る銀時の目の前に桂は白くて長い指を2本、ぬっと突きつけてきた。

「Vサインには気が早くないですかぁ?おれ、今からやっとこさ出陣なんですけど?」
茶化してやっても表情は変わらない。
わ。マジだ、こいつ。
こういう時には逆らわないに限る。桂は意外にも頭に血が上りやすいタイプだから、下手に逆らうと血を見る羽目になる…こともある。 それこそ、例の抜刀もので。
戦に行く前にここで殺られちまわぁ。
そう判断すると、銀時はひとまず大人しく話を聞くことにした。

「よいか、銀時条件は二つだ」
時として威厳そのものになることの出来る桂は、上意を告げる使者でもあるかのような尊大さを発揮した。銀時をして思わず平伏しそうになるほどに。
その衝動をなんとかやり過ごし、銀時はごくりとつばを一つ飲み込むと神妙な面持ちで桂の”お言葉”を待ちかまえた。

桂はVサインの指を引っ込め、一旦グーの形を作ってから、改めて一本、人差し指を立てた。ピッという効果音がないのが不思議なほどに、真っ直ぐになるよう指先にまで力を込めている。
そして、「一つ」とだけ言って言葉を止め、銀時がまだ神妙な顔つきでいるのを確認してから、「いつかはちゃんとおなごにも目を向けること」と言った。
はぁ?普通は浮気をするな、とかじゃないの?積極的に奨励っつーかそのうち女にのり換えろってか?わぁ…、なぁんか落ち込むんですけど…。
桂は子孫がなんたらだの、お家の為がどうだの四の五の話を続けている。あーうぜぇ、としか銀時には思えない。
そんなこと出来るくらいならとっくにしてるって、気付かないんだろうな、やっぱ。かちかちの石頭だわ、中身が。
別に女嫌いってどほでもねぇから、やることはちゃんとやってるし、別に困った条件って訳じゃねぇけど…なんだかなぁ…。
複雑な銀時の胸の裡を知らないで、よいな?と桂は念押しまでしてくる。
「おお」
その勢いに呑まれる形で銀時は適当に頷いた。後でどうとでも誤魔化しがきくので、この際文句は言わないことにする。そんなことをしても話がこじれるだけだ。今はどんな条件でも呑むつもりだった。大概のことならば。

「二つ」そして、今度は中指をぴんとたててゆっくりと諭すように言った。

「生きて帰ってこい、銀時。生きて、必ず」
桂はそう言った。
銀時の目を真っ直ぐ見て。
その言葉は威圧的な物言いとは逆に、命令というよりはむしろ懇願で、その瞳に宿る形容しがたい気迫と共に銀時の心を激しく揺さぶった。
今度はどんなとんでもない要求をされるのかと張り詰めていた銀時の神経が、一気に弛緩していく。
全身を狂喜が駆け巡る。
こいつは待っていてくれるのだ。おれが戻ってくるのを。
ああ、おめぇがそう言うんなら、おれぁ這ってでも帰ってくらぁ。
だから、てめぇも忘れんじゃねえぞ、さっきおれに約束したことを。
「死んでたまるかよ」
銀時の返事に力強く頷く桂をもう一度抱きしめると、深く花唇を奪った。
桂は抵抗することも、抗議することもなく、されるがままになっている。

遠くで法螺貝が鳴った。銀時の出陣の時刻を知らせているらしい。
「いつまでもこうしていてぇけど、おれ、行くわ」
愛おしい身をそっと離すと、高杉の潔さを倣って後ろを振り返ることなく、銀時はそのまま急いで部屋を出た。


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