心契 その12

銀時の予想した通り、後を適当な距離を置いてついてくるはずの本隊が徐々に後れを取り始めた。
あいつは執念深そうだから、万に一つもおれ達を生き残らせたくねぇはず。だから、わざと後れているに違いない、との。
そこにこそ活路を開く手だてがあることにも気付かねぇで、と銀時はほくそ笑む。
もっとも、さすがの蝦蟇もおれが一人で攻撃を仕掛けるつもりだなんて事は想像だにしてねぇだろうから、当然っちゃ当然だ。
本隊の姿が見えなくなってからしばらくして、五つ時あたりから銀時は年少者から順にそっと落としていった。
銀時が一人になる頃には、もう四つ時で、そろそろ天人達の根城とやらに到着する間際。
案の定、本隊は影も形も見えない。気配すらしない。
隠れる以前だよね、そもそもおれ達についてきてなんかなかったよね。
盛んに突っ込みを入れながら、それでも銀時は従順に目的地まで歩き続けた。
逃げるわけにゃいかねぇ。おれには帰るべき所がある。待っててくれる奴がいる。だから、戦って、そして生き残らなきゃなんねぇんだと繰り返し思いながら。

こんなことなら地図を読むのに長けた奴を最後まで残しときゃよかったと悔やんだのは後の祭り、途中、幾度か道に迷いそうになりながらも歩きに歩いてやっと戦うべき連中と相見えた時には、お天道様はきっちり頭上で輝いていた。

根城、と聞いていたそれは想像以上に貧相な城だった。完成前とはいえどう見ても一夜城的なものでしかなかったので、銀時は大いに拍子抜けするのを禁じ得なかった。
とぼとぼとかなり近くまで近づいても、敵からの反応もない。
それでもさすがに門兵らしき者はいたので、こちらに気付いて騒ぐ前に2匹とも斬り捨てた。その断末魔の叫びが響き渡っても応戦してくる気配が感じられないのは若干薄気味悪い。
堂々と門を潜って中に入り込んでも、やはり天人の姿らしきものはなく、ただ閑散としている。
「ごめん下さーい。町内会の集金に来ました!」
巫山戯て声を掛けてみても、自分の声が何度か谺して響き渡るだけ。それは酷く間抜けな音で、銀時は大いに萎えた。
ズカズカと奥へ奥へと入り込むと、やっとそれらしき悪意に満ちた気配をごくかすかに感じ、初めてホッとした。
「おーい、誰もいねぇのか?ビビってんじゃねぇぞ、このくそ野郎どもが!」
声高に陽動作戦の囮とやらを演じながら、先ほどホッとした自分に普通逆じゃね?なんて余裕の突っ込みすらできる自分が銀時は不思議だった。


「貴様、何者だ?」
耳障りな甲高い声が響いてきた。どうやら建物の中からこちらの様子をうかがっているらしい。
「人に名前を聞く時は、まず自分からってのがここの流儀なんだよ、覚えとけや、カス!」
「猿に名乗る名などない」
おーお、言ってくれるよね。おめぇらはおめぇらのいうところの猿が造り上げたような国が欲しいんですか?
「やかましい!取りあえず面見せろ。人のこと猿なんて言いやがるくれぇだ、面には自信あんだろ?見せてみろや、こらぁ!」
返事はなかったが、悪意が殺意に変わるのが小気味よいほど速かった。
来る!
そう判断して瞬時に身を躱した時には、銀時の周囲を奇妙な風体の天人が幾重にも取り囲んでいた。
速ぇえ!
しかし、気配が微かだったにしちゃ数が多過ぎね?きっと存在感が空気みてぇに薄い可哀想な奴らなんだな。しかも簡単に挑発にのる馬鹿だ。空気馬鹿天人に決定。
「おーお、人のこと猿なんて言えた義理かねぇ、そんな面してぇ。どいつもこいつもウンコみてぇ」
「下品な奴だな、のこのこと何しに来た?」
さっきと同じ耳障りな声を出す、正面にいるこいつが頭らしいと銀時は察しをつけた。
「そうお?おめぇらは顔が下品ですけどぉ?それにおれが何しに来たか解らないなんて馬鹿なの?さっきの集金って言ったのが本当だと思ってて隠れてたわけ?それともおれがお茶でも飲みに来たとでも思うんですかぁ?わざわざ門兵殺してま・で」
「言わせておけば!」
怒りが細波のように沸き立ち始める。
ほぉら、やっぱ馬鹿。すぐ頭に血を上らせやがる。
「じゃ、黙らせてみろや!」

そう叫ぶと、銀時は目の前にいた天人をいきなり袈裟懸けに斬った。
それを皮切りに、一斉に飛びかかってきた天人を、片っ端から斬りまくる。
この天人たちの身体にも脂みたいなものがあるらしく、銀時の刀は最初の数匹で既に切れ味が鈍り始め、力任せに叩き斬るしかなくなった。仕方なく、殺した天人の刀を奪い取ってはそれで斬り、また鈍り始めるとそれを捨てて新たに奪い取るーを繰り返す。
天人の刀は日本刀とは随分形が異なっていたが、それでも切れ味は驚くほど良く、その技術力の差には驚かされた。そりゃ、でっかい船を空に浮かべるくれぇだからな…こりゃ、勝ち目なんかねぇかもな…などと思いながら、銀時は迫ってくる天人を機械的にただ斬り続けた。
顔には血しぶきがかかり、そのせいで前がよく見えなくなったし、刀を振るう腕も宙を蹴る足も重かったが、それでもがむしゃらに戦った。
死にたくないから。死なないためにはそうするしかなかったから。
せめてもう一度桂に会いたかったから。

斬っても斬っても湧いてくるようだった天人を、銀時がみな屠ったらしいと気付いた時にはもう日が落ちかけていた。

勝った。とにかくおれはやったのだ。
なんか思ってたより簡単だったんじゃね?こんなことならあいつらみんなと連れだって来ても良かった。そしたら勝利の美酒に酔わせてやれたかもしれねぇ。
いやいや、と銀時はすぐ自分の考えを否定した。今回はたまたまだ。あの執念深い蝦蟇のこと、次があったらより躍起になっておれたちを陥れようと画策するはず。やっぱ逃がして正解。うん。
そう考えると少しは気分も落ち着いて、疲弊して感じるはずの痛みすら感じなくなっている身体を引きずるようにして、銀時は元来た道を戻り始めた。
城に残っている連中がいないかどうか確かめることはしなかった。
銀時の本能が、なぜか敵はここにはいないと判断したのだ。何匹かはとっとと逃げたはずだが、追撃されるおそれもないだろう、と。
門を再び潜る時、一番始めに斬った天人二匹の屍体にもう蠅が集っているのが目に入った。
自分も殆どああなるはずだったのにまだ生きて歩いていることの僥倖を思うと、その光景すらなぜか小気味よいものに思われた。
おれ、ひょっとしたらとんでもねぇ人でなしなのかもしんねぇな、と銀時はその光景に見入ったままぼんやりと思っていた。


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