心契 その13

奇妙なことに向かう方向が逆になると日が暮れ始めたせいもあってか風景が全然別のものに見え、ひょっとして道に迷ったのではないかと銀時は時折心配になった。
行きと帰りで違う道に見えるようになったのは、気持ちの違いが作用しているのかもしれないと愚にもつかないことを思ったりもした。
しかも奇妙なのはそれだけではない。
本隊が見当たらないのだ。
銀時たちが壊滅した頃合いに駆けつけてくる手はずを整えて、待機していると思っていたのに。
銀時が予め仲間を逃がしたことを知って彼らを追いかけた可能性はないはず。
いくらなんでもあんな大人数で追っかけりしねぇよなぁ。それとも、おれが天人たちを全員殺っちまったことを知って、先に帰っちまった?いや、それもねぇ。そんなことが本隊にわかるわけねぇもんな。
じゃあ、なんで?と銀時は考えてみる。
導き出された可能性の一つが銀時の心を掻き乱した。
緊急事態だ!

銀時は駆けた。
もう歩くのもやっとと思っていた疲れ切っているはずの足が、それでも、前へ前へと身体を運ぶ。銀時の意識の向かうその先へ。
気付くべきだった。
おれが生きているのはあいつらの言ったようにおれが”めちゃめちゃ強い”からでも、僥倖だったわけでもねぇ。
ただ、勝つべくして勝っただけだ。
最初にあの城に近付いた時拍子抜けしたのも当然。あそこには敵がいなかったのだ。本来いるはずの数よりも、ずっと少ない数しか。
おそらく、おれたちが先にあいつらの根城を襲撃しようとしたように、あいつらもまた…。
なんてこった。今頃気付くなんて!
でも、どこで行き違った?そんな気配はなかった。
それとも、奴らはおれたちの近くにずっと潜んでいて、高杉の隊、続いておれの隊が陣を出るのを見ていたとでも?
根城でおれ達を待ちかまえる天人たちがいたように、高杉の隊にも追っ手がかかったろうか?それとも、小隊とあえて見逃されたろうか?おれが無事に根城まではたどり着けたように?
おれが逃がしてやれたと喜んでいた連中は、みな無事だろうか?
そしてなにより、一番の標的にされたかもしれねぇ本隊は?ヅラは?
もし、もし間に合わなかったりしたら、おれは一生自分が許せねぇ!
ヅラを自分のものになんか出来なくてもいい。あいつが無事でいてくれるなら!
嫌われたって、憎まれたってかまやしねぇ。あいつが生きててくれるなら!
銀時は滅多に祈ったこともなく、ろくに信じてもいない神仏に訴え続けた。
その願いが叶うなら、おれはその他の全てのことを諦めたってかまわねぇ、だから!
だから!
あいつだけは助けてくれ!

銀時はそう懇願を繰り返し、ひたすら走り続けた。

駆けに駆け、どれくらいたった頃だったか。それらしい怒声や悲鳴がかすかに聞こえ始めた。
銀時の意志と両足は、凄まじい勢いで更に先へと急ぐようにと彼を誘う。
段々届く声が大きくなるにつれ、風に血の臭いが混じってきた。
間違いねぇ、この先だ。
音を頼りにひたすら走り続けて、やっと辿り着いたその場所は、文字通りの地獄絵で銀時の足が思わず止まってしまう。
血塗られた草木、累々と横たわる死体。それらにざっと目をやって気がついた時には、目の前にさっき屠ったばかりの天人と同じ種族らしい奴が振り下ろす大鉈があった。
「ざけんな!」
ふざけるな。ふざけんなよ!
なんだよこの有様は。
誰だよ、ヅラは一番安全そうな所にいられるなんてホッとしてた大馬鹿は。
これのどこが?ええ?

銀時はありったけの怒りと渾身の力を込めて、大鉈を薙ぎ払う。
反動で身体をのけぞらせた天人の土手っ腹に思い切り刀を突き刺して、代わりに天人の持っていた大鉈を手にした。
ふざけるな!
あとはもう、めったやたらに腕を振り回し続けた。
視界に入る天人の片っ端からぶった斬るだけ。
ふざけるなよ!
腕を。首を。肩を。顔面を。ところかまわず。
銀時の振るう鉈に触れたものはみんな身体の一部、あるいは命を失っていく。
その目に映るものは、ただ赤い色彩のみ。
ふざけんな!

眩い光を放って昇ってきた太陽が西に沈んで随分たった頃、やっとあたりに静寂が訪れた。
立って動いてるものはなにもいなかった。
敵もいねぇ。味方も。なぁんも。
おれだけだ。
おれだけ。
この現実を前に、銀時はただ打ちひしがれ、その場に自失状態で立っていた。
誰もいない。
誰も。
なんてこった…。
ヅラぁ。ヅラよぉ…。
「ヅラぁ!!」
「馬鹿ヅラぁ!」
声がかれるまで散々叫んでも、いつもの「ヅラじゃない」という不機嫌そうな声は聞こえない。
「どこにいやがる!」
「出て来やがれ!」
銀時は死体を確認しようとは思わない。思いたくない。銀時はただ天を仰ぎ、同じ言葉を繰り返し吼えながら、辺りを彷徨った。

どのくらいそうしていたのだろう、ふと気がついた時には足が水に濡れていた。川。誰がどこで何人死のうが我関せずに流れ続ける水を目にした時、銀時はほとんど絶望しかけて「ヅラの大馬鹿野郎!」と大声で叫んだ。
…んとき?
その時、川向こうから聞き慣れた声が返ってきた気がした。
嘘。
叫ぶのを止めて耳を澄ますと、「銀時?」ともう一度。
小さいが確りした声が銀時を迎えた。
狐か狸が化かしてるんじゃねぇだろうな。だとしたらただじゃおかねぇ。
そんなありそうもない可能性が思い浮かんでしまうほど、聞こえてくる声は銀時にとっては奇跡にも等しかった。
「ヅラかぁ?」
ほとんど泣き声になっているのが自分でも解った。
「ヅラじゃない桂だ」
聞こえてきたのはいつもの声にいつもの科白。
ああ、おまえだ。
ほんもんだ。
…良かった……


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