心契 その14

「おめぇ一人か?」
「お前一人なのか?」
二人、ほぼ同時に問いかけた。

お互いを確認した後すぐ、銀時は桂に「おれが川を渡る。おめぇは動かずにそこで待ってろ」と声をかけて川を渡り始めた。
辺りはもう暗く、川の水さえも黒く濁って見えている。
水は冷たくはなかったが意外と深く、疲れた足で水の中を行くのに難儀して、銀時は逸る心を抑えるのにも苦労した。
途中、闇の中に黒い固まりのような桂の立ち姿がぼんやりと見えた。幸い、川向こうではなく中州にいたらしく、銀時は思っていたより早く桂の無事を確認できたことに心からホッとした。
顔が判るくらい近くに寄ってみると、桂は頭からつま先まで正に真っ黒で、前髪を伝うとろりとした黒く粘る液体がゆっくりとその頬を伝っているという凄惨な姿。
銀時は、これが昼間なら真っ赤だったんだろうなぁ、となぜかそんなことを思った。

「怪我してねぇか?大丈夫なのか?」
と勢い込んで尋ねると、桂はもう返事をするのも大儀だったのか、ただ頷いた。
まずは重い具足を解いてやり、背中から抱きかかえるようにして川に入れる。
解いた具足で何度も水を掬っては桂に浴びせ、自分でも浴びた。
二人して無言のままで着衣ごと身体を洗ったが、そうしてみて初めてあちこち洒落にならないほどの傷があることに気付きギョッとするのは四、五回ではきかなかったろう。興奮状態が続いていたせいなのか、痛みをそれほど感じないままだったので、改めて想像を超えた深手を負っていたことに驚くという有様。 多分、お互いが似たようなものだったはず。それでも、二人して無言のままじゃばじゃばと音を立て続けた。何度やってもその黒い粘りはなかなか取れず、それなりに身綺麗になるころには二人ともさすがに冷えた身体を抱えていた。
川から上がるとすぐに乾いた流木を探し、火種がないので苦労の果てになんとか起こした火の側に座り込んだのがつい先頃。
今、銀時は桂を横抱きにしている。正確には、銀時の方が桂にしがみついている形だ。

「お前から先に話てくれ」
いかにも辛そうな声で桂が言う。
辛いだなんて自分からは死んでも言わねぇだろうけど、と銀時は思った。
そう言われて、銀時は起こったことを順々に話し出した。
途中、小隊の仲間を全員落としたことは言わなかったが、桂はきっと気付いただろう。
「おれが馬鹿だった。生き残れたのは自分の強さだと思い上がっちまった。すぐに変だと気付くべきだったのによ」
「…………」
「もし間に合わなかったりしたら、おれは一生自分が許せねぇとこだったよ」
そこまで話すと、銀時はもう少しでそうなるところだったのだという恐怖に囚われ、桂に更にきつくしがみついた。
「お前は強いさ銀時」
その声は弱いけれども、銀時の胸を強く打つ。
「たった一人で斬り込むなど、愚の骨頂だとは思わなかったのか?」
やっぱばれてたか…と銀時は内心舌を巻く。
「思わねぇ。死ぬと解っててダチ連れて行く方が愚かじゃね?」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
きっぱりと言い切る。決まってんじゃん。生まれてくる時も死ぬ時も誰だって一人なんだ。ダチまで死なせてどうするよ。
「おまえらしいな」
そう言われて、ふと今朝の高杉の言葉を思い出した。あれから随分と経った気がするのに、まだ同じ今日のことだったんだな、と改めて驚いてしまう。
「でも、同じ立場だったらおめぇもおれと同じことやるって」
「そうかな?」
「そうさ」

桂はそうだ、とも違うとも言わなかったが、少しだけその身を固くしたような気がした。

「で、おめぇのほうは?」
「うむ」
桂は何をどう話そうか思案しているようでしばらく黙り込んでしまったが、ふいと覚悟を決めたかのように、ゆっくりと話し始めた。

曰くー
銀時たちのすぐ後を追うはずの本隊が特に理由もなく後れ始めたことに気付いたのは、陣を出てしばらくしてからだった。
わざとそうやっているらしい節があったので、桂はそれを怪しんで蝦蟇に問いただした。
すると、蝦蟇は黙ったまま桂を側に寄せて立ち止まると、隊には前進を続けさせ、隊の最後尾についた。
そうしておいて、周囲を注意深く見渡してから、初めて桂の思いも掛けなかったことを耳打ちしてきたという。
「天人が根城に籠もっているというのは嘘だ。実は、天人たちは既にこの近くにいておれたちの動きを見張っているらしい。 人数までは解らない。それらしい気配がする時には何十人と潜んでいるのが感じられるらしいのに、少ないとなったら気配など殆ど無いのだそうだ。 急襲をかけてこられたらひとたまりもないかも知れないし、睨み合いがこれ以上長引くのも良くない。 無尽蔵に武器や人員を補給する術を持つ向こうに利があるからだ。だから、おれ達が分散することで先に隙を見せてやることにした。 おれの考え通りなら、時機を見計らって攻撃を仕掛けてくるだろう。 だからおれたちの陣は空っぽにしてある。今日は全員で全力で戦う」
「それでは、ここにいない高杉は?銀時は?」
桂は思いがけないことを聞かされてさすがに少々パニックに陥りかけた、と言った。

「高杉の隊にはすぐに敵の追っ手がついたはずだ。高杉のことだからその辺はぬかりなく、われわれから遠い場所まで引きつけてから上手く処理しれくれるだろう。人数が少ないと見て取って、追った天人は少数だと信じたい。明らかに本隊であるわれわれにこそ向こうの主力隊がぶつかってくるはずだ。だから、油断するなよ桂」と覚悟を促されたのだ、と。
なに、それ…。
桂が言葉を続ける。
「坂田隊も高杉隊と同じく少数だ。多分、奴らは坂田たちに追っ手はつけても、行き先が自分たちの根城だと判ると放っておいてこちらに戻ってくる。 あの人数なら、城の連中で簡単に討ち取れると考えるだろうからな。天人にとって倒すべきはおれたち本隊のはずだ。 だから、ふんばれ。高杉隊は無理だが坂田隊は城から必ず戻っておれ達に合流してくれるはずだから、それまでなんとしても生き抜け」とな。

…マジでか?あの蝦蟇が?


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