心契 その15
「結局、それぞれの隊、それぞれに重い役目があったのだ」
戦だからな、と桂が重々しく呟いた。
「高杉が赴いた陣には、人数こそ多くないものの猛者で鳴らした男がいるらしい」
だから、あいつらは無事だとおれも信じたい、とも。
それ、初耳。
「じゃ、晋ちゃんたちが援軍連れて戻ってくるまで陣で待ってりゃよかったんじゃん」
「そんなことをしようものなら、高杉たちが援軍もろともここに着くまでに討ち取られてしまうだろうが!」
「あいつ等が援軍連れて戻ってくる前に、こっちで戦闘が始まってて、天人が援軍を討つ勢力を割けない状態じゃなきゃ駄目ってこと?」
「そうだ。援軍が先に叩かれてはならぬ。援軍を援軍たらしめる為には、ここに到着する前に討ち取らせてしまわぬことだ」
しっかし、そんな手筈をいつ交渉したってぇんだ。そもそも天人が潜んでおれ達を見張ってるなんて、情報どっからきたの?
おれ達下っ端には一部の情報をふせたり、偽の情報を流してたりしてたわけ?
それって敵を欺くには…ってやつか?
銀時は桂に矢継ぎ早に疑問をぶつけた。
「小田原評定」
まさか答えを知っているとは思わなかったので、そのことにまず驚いたが、内容にも驚かされた。
そう。だらだら馬鹿みたいな会議をしているふりしてらっしゃったの。裏ではしっかり働いてらっしゃった、と。なんとまぁみなさん韜晦するのがお上手で。
「天人の勢力を出来るだけ分散したかったが、安心して小隊を任せられるのはお前と高杉くらいしかいなかったらしい」
桂が話を続ける。
「な…んで?」
おれにはわからねぇ。
「だったら一斉に一丸となってやりゃ良かったじゃん!わざわざちまちま分けなくてもよ!こっちに総攻撃かけられてやばいなら、先に向こうに総攻撃かけりゃよかったじゃん」
「籠城されたら、後方支援の受けられないおれたちの方が脆い。高杉の向かった先がここからどれほど遠いか知っておろう?そこにいる援軍が一番近いのだ。一番近くて、その遠さなのだぞ、銀時」
「それも蝦蟇が?」
「いや、これはおれの考えだが…。多分蝦蟇もそう思っていたはずだ」
あ、そうですか。
なるほど、おめぇは小隊長タイプじゃねぇわ。
気が短けぇから、唐突に切り込み隊長なんかもやっちゃうけど、本来は指揮官か参謀あたりがお似合いなタイプだ。
それもあって、蝦蟇はヅラに小隊は任せず本隊に置いて副官をやらせようとしたのか?だとしたらやっぱ侮れねぇな。や、それだけじゃねぇかもしれねぇけど。おれの疑念を解くにはまだまだ働きが足りねぇようだぜ、蝦蟇よ。
「逆に、おれたちが一つの根城を落とすのにに躍起になっている間に、向こうはこちらを取り囲むように新たな拠点を造るなど造作もない。叩くなら外におびき寄せて叩く方がよほど効率がよい。実際、お前が乗り込んだ城に残っていた天人の数は多くはなかったはずなのだ」もっともーと桂は続ける。
「それでも一人で斬り伏せられる人数ではなかったはずなのだがな」と銀時の方を見て微かに微笑んだ。
「そんで、どうなったの?」
銀時は面映ゆくなって、話を続けるように促す。
桂は、また火の方に視線を向けてから、話し始めた。
「途中、お前の隊から離脱した奴を見つけた」
はぁ、なんでよ?帰ぇったんじゃねぇの?
「どうやらお前のことが気になったらしく、うろうろしているところをな」
と桂は小さく思い出し笑いをする。
「で、そいつどうしたの?」
「もちろん、見て見ぬふりだ。お互いばれたら厄介だろうが。敵前逃亡で処断せねばなるまい」
戦前に味方を斬る羽目になるのは誰だって御免こうむりたい。
「そいつに気付いたのおめぇだけ?」
「まさか、蝦蟇だって気付いてたさ。気付いたことを相手に悟られぬようにあらぬ方を見ようと必死だったぞ。それに、『坂田の奴』と小さな声で呟いた。あれはまるっきり呆れたという言い方だったな」とどこかしんみりと答えた。
「で?」
「どうもしないさ。おれたちはそのまま知らん顔して行き過ぎた」
そいつもおれたちをこっそり見送ると、どこかへ消えた。無事であってくれればよいがーとまたしんみり。
「それから?」
「しばらく歩くうち、ふと気付いたらもう天人どもに取り囲まれていた」
そんな急に?あの多人数を取り囲めるだけの天人がすぐ側にいたってぇのに、誰も気付かなかったのか?あり得ねぇ。地面から湧いて出たとでも?
「あとは見ての通りだ。どこに潜んでいたのものか…驚くほどの数の天人が急襲してきた。突いて、突かれて、斬って、斬られて、逃げて、追って…色々だ」
気配を消すのに長けた種族だったのだろうか、と桂はため息まじりに洩らす。誰も、あんな近くに天人がいたことに気付かなかったなんてあり得ぬ、と。
そういえば、と銀時も城に着いた時に気配が微かすぎると感じたことを思い出していた。
ひょっとしたらこいつの言う通りかもしれねぇ。門兵の姿はハッキリ見えてたから、姿自体は消せねぇみてぇだけど。天人ってのも色々いるみてぇだから、もっと得体の知れない連中ともこれから戦う羽目になるのかもしれねぇな。
それにあの刀や鉈の切れ味。恐ろしい技術力じゃねぇか。匠が丹誠込めて打った名刀並の切れ味と刃こぼれのなさ、しかもそれを量産してるなんてよ。
根城にしてもそうだ。おれの目には貧相に見えたが、ひょっとしたら重厚な石垣などで造らなくても充分堅牢な城だったのかも知れない。見た目だけじゃ判らねぇんだ、多分。
やべぇよ、この戦。おれらに勝ち目なんてあんの?
ともすればく否定的な気分になるのを払拭しようと、銀時は再び桂に話を続かせるべく話し掛ける。
「で、おめぇの仲間は?」
「ここに辿り着くまでに充分見ただろう?死体が転がっている範囲の広さを。おれたちはそれだけてんでばらばらに離れて戦う羽目になったんだ。天人たちは次々湧いてくるので、一人で一度に数匹は相手にしなくてはならなかった。同士討ちを避けようと走り、仲間を助けようと走り回っている内にいつしかそうなってしまった」
桂はそこで一旦言葉を切って一つ辛そうな息を吐いたが、すぐに続きを話し始めた。
「おれが気付いた時には二本足で立っていたのはおれだけだった。情けないことに自分が川の中州に立っていることに気付いたのは、お前が自分が川を渡るとおれに言った時だ」桂はそう言うとぎゅっと拳を握りしめてからこう言った。「だから、ひょっとしたら思いがけぬほど遠くまで離れてしまい、無事な者もいくらかはいるかもしれんな」
つまり、この周辺では誰も助かっていないという事だ、と銀時は桂の言葉の残りの部分を頭の中で付け加える。
じゃあ、
「蝦蟇はよ?あいつはどうしたんだ?」
「銀時、蝦蟇も死んだよ」
「…そうか…」
ヅラの話を聞いて、ちょっとは見直しかけたってーのによ。死んじまったのか、あんたも。
「あろうことか、何人かの部下を庇ったんだ。その中におれも含まれていた」そう言う桂は酷く辛そうだった。
そんな必要はなかったのに、なぜだ…と呟く。
ああ、やっぱあんた本気でこいつに惚れてたんだな。解ってたよ、おれには。同類っつーか恋敵だもんな。で、こいつはやっぱり馬鹿だから、未だにそれに気付いちゃいねぇ。
気の毒にな、蝦蟇よぉ。
けど、おれも恋敵に塩なんて贈るタイプじゃねぇから、こいつにあんたの気持ちは教えてやらねぇ。こいつが更に辛くなるだけだからな。
あんたもそれでいいだろう?こいつの為に死ねたんだ、どうせならおれもいつかそういう死に方してぇもんだ。
とにかく、あんたにこんなこと言う日が来るとは夢にも思ってなかったけどよ、あんがとよ、蝦蟇。恩に着るぜ。
銀時は心の中でそっと掌を合わせた。
戻る☆次へ