心契 その16

「人の上に立つ者は、やはりそれなりの人物なのだということだな」と桂がポツリと言った。
こいつも、おれや他の連中と同じで蝦蟇のこと嫌ってたもんな。やっと蝦蟇の本当の姿が少し見えるようになったらすぐに死なれちまって…。
蝦蟇のやることなすことに腹を立てたが、それはただ色眼鏡で見てたせいだったかもしれない、と今になって銀時は思う。


あの日、確かに渋るヅラを無理矢理連れていっちまったのは蝦蟇だった。けど、こいつに酒を注いでいたのは別の奴だった。
ヅラの手から杯を取り上げて、自分が干したのだって、それ以上呑ませないようにという善意だけで。
酔ったヅラを寝かしつけると言ったのも、本気でこいつを心配してただ寝かしてやろうとしていただけだったのかもしれねぇ。
今更気付いたってしゃーねーんだけどよ。
おれの名を憎々しげに口にしたのも、酔って自失状態のヅラにおれが口移しなんかしたせいで、蝦蟇から見りゃ、おれのほうがとんでもねぇ奴だったのかもな。それに、酔って八つ当たりーなんて高杉達は言ってたけど、場所が離れてたとも言ってたから、本当の事は解らねぇんだ。
抜刀騒ぎも、原因は他にあったかもしれねぇ。単に酒癖が悪かったのかも。
かも、かも、かも、ばっかりだ。もう、本当のことは判らねぇ。もし、あんたに悪意も邪念もなかったってんなら、謝るわ。遅ぇけどな。
はぁ。
銀時から思わずため息が洩れ、桂が驚いたように顔を向けた。
意外に良い奴じゃね?って見直した時には死なれてんだもんなぁ。人の評価なんて簡単に変わっちまう。怖いねぇ。
おれも気ぃつけねぇと。
「散々見た目だけであれこれ言われてきたっていうのに、そんなおれ自身が他人を色眼鏡で見てたなんて笑っちまわぁ。なぁ、ヅラ?」
「ヅラじゃない、桂だ。だが、あの…噂は本当だったようだぞ、銀時」

おいおいおいおい、ここにきてまた評価が逆戻りですか蝦蟇よぉ?

「結果だけを見るとな、そう見える。蝦蟇に力量を見込まれた者たちが、結果死地に赴くことになっただけらしいがな」
「それって…」
「お前や高杉の場合と似たようなものだったのではないだろうか」
「ああ」
「うむ。この者達になら、この者達にしか、そういう思いで少々荷の重い任につかせる内、一人、二人と死んでいったのだろう」
戦なのだから当然と言えば当然のことなのに、なぜそんな悪い噂となったのだろうな、と桂。

「あれだよ、あれ。見込まれるくらいすげぇ奴らだから、蝦蟇じゃなく噂を流した連中自身がそいつ等に嫉妬してたんじゃね?」
「おまえにしては慧眼だな。なるほど、小人閑居して不善を為すとはよく言ったものだな。噂に踊らされたおれ達も大差ないが」
「それを言っちゃお終いでしょ?」
その一言で桂が笑った。
さっきみてぇな小さな思い出し笑いじゃなくて、ヅラがおれの言葉に笑った。
良かった。
おれはこの顔をもう一度見たいから生きて戻ったんだからな。

けどー
人間って奴はやっぱ煩悩の固まりらしい。一つ願いが叶うと、また別のものが欲しくなっちまう。
神様、仏様、すみません。ヅラを助けてもらっておいてなんですが、さっきの取り消します。ごめんなさい。
こいつの無事な顔をこの目で見ちまったら、諦めるなんてこと、もう絶対に無理。

銀時は桂にしがみついたまま、片方の手だけをそっと離すと、そのまま桂の頭を撫でた。 髪はもう随分と乾いてきていたが、それでもいつもより重く、さらさらという手触りでないのが惜しまれた。
「馬鹿な間違いをするのも、生きてりゃこそじゃね?」
そう言いながら、その一筋を手に取ると、口づける。
「銀時?」
「おれ、怖かった。おめぇが死ぬんじゃねぇかと、ひょっとしたらもう死んじまったのかもしれねぇと思った時、めちゃくちゃ怖かった。そんなわけねぇのに。おめぇが死んだりするわけねえのによ」
「…銀時」
「おれ、おめえのこと諦めてもいいと思った。それどころか、嫌われても憎まれてもいいとさえ思った。おめぇが生きててくれるんなら」

桂は黙って銀時を見つめている。焚き火に照らされている片頬だけがうっすらと朱い。
「でも、変だろう?おれ、今の方が怖ぇんだぜ。おめぇが生きててくれてホッとしてんのによ、それでも、怖ぇえんだ」
桂は何も言わず、そっと銀時の身体に腕を回した。今まではただ銀時にしがみつかれているだけだったのに、はじめて自ら銀時を抱擁したのだ。
銀時はあまりに驚いたので話を止め、まじまじと桂の顔をみた。
「おれも怖かったさ、銀時」
「おめぇも?」
桂が怖いという言葉を口にするなんて、一体いつ以来だろう。そんな弱音、子供の頃でも滅多に聞けなかったのに。
「そして、悔やんだ。どうしてあんなに長い間考え込んでしまったのだろうと。どうしてすぐお前に応えてやることが出来なかったのかと」
「ヅラ、それは…」
それは違う。
その時間はおめぇに必要だった。
あんな重大な話に即答されたら、それはそれで本心を疑うことになって困ったかもしれない…と、以前とは真逆のことを銀時は思った。
「でも、遅すぎたのでなくて本当に良かった。お前が生きていてくれて、良かった。ぎ…」
みなまで言わせず、銀時は桂の唇をそっと塞いだ。
そのまま昨日と同じようにひたすら貪った。
そして、昨日よりももっと切羽詰まった欲深い思いを、その行為を続けることによって桂に知らしめようとしていた。


戻る次へ