「ヘレボルス・ニゲル」2


あれからもまだヅラは来ねぇ。一度も。

相変わらずバイトをしているところは見かける。
最近ではおれだけでなく新八や神楽も見かけるようになったらしい。
てことは、バイトをしてる範囲がぐっと広がったってこった。
以前のようにいかがわしい場所だけでなくその辺に普通にいたりするので心臓に悪い。
おれらだけでもこんだけ見かけてんのに、どうして捕まらねぇのか感心する。
次々に職場が見つかんのも。
いくら清濁併せ呑む懐の広い歌舞伎町さんでも、限度があらぁ。

んなに働きづめで、攘夷の方はどうなってんだ? 仲間のおっさんたちはなんも言わねぇのかよ、あの白いのとか!



まぁ、なんだ。
元気なのはいいことだよな、うん。
それに、なによりいいのは、あれ以来あれを見てないのはいいことだ。
あれっていうのはつまりあれで…そう、あれだ。
後から冷静に考えてみると、あれは…てかあの女、ヅラの好みでもなんでもない感じだった。
うん。
ぜんっぜん違ったね。
断言できるわ、おれ。
長い付き合いだし?

確かに、人妻好きだけど。
だからって年増好きって訳じゃねぇし。

確かにちょっと美人だったけど。
なんか薄幸そうだったし。

大体、ヅラが女連れってやっぱ似合わねぇわ。
そもそもあんな電波に付き合える奴がそうそういるとは思えねぇ。
イラッとくんだよ、あいつのボケは!



それに、まともな神経してる女なら、あんな奴相手にすんの嫌じゃね?
ちょっと冷静になってみりゃ解るじゃん。
嫌味なくらいサラッサラで艶々なヅラかぶってっし、自分より色白で、てめぇより別嬪な男なんて 普通嫌だろうがぁぁぁっ!

絶対自分の方が見劣りすんだってよ。そこんとこに早く気付きやがれ、くそアマ!!


あぁあ、銀さんがおばさんに嫉妬する日がくるなんて…。
違う違う、嫉妬なんてしてねぇよ!?
してねぇケド、なんかちょっとムカツクだけ、で!



もーなんか腹立つ。
腹立つ自分に腹立つ。
腹立つ自分に腹立つ自分に腹立つ………っておれは莫迦ですかぁ!?



あ、なんかムカツクくらいリズミカルな足音が聞こえてねぇ?
……おかえり神楽ちゃん。
ちょっとその元気わけてくんねぇ。おれこのままだと年越しまでもたねぇわ…。



「銀ちゃーん!」

やっぱ声が弾んでるよ。
なんかいいことあったって丸わかり。
銀さんと真逆だよねー。 はいはい。銀さんはここですよー。

「んだよ銀ちゃん。いるならいるって返事しろよー」

「しましたよ?”おかえり神楽ちゃん”っていったおれの心の声が聞こえなかったのかよ」

「んなもんが聞こえるわけねぇだろ!」

神楽がそう叫ぶや否や、ボコッといい音をさせて背中に何かが降ってきた。
神楽の拳にしちゃパワーが足りねぇ。
一体何だ?


「銀ちゃん、これ見るアル」

「見て欲しいものがあったら目の前に出しなさい、神楽ちゃん。普通、人は背中でものは見ねぇ」

「銀ちゃん、これ着てみるよろし」

着る?
服かなんかか?
面倒くせぇから外から帰ったばっかりで寒ぃんだよ、とにかく少し温まらせてくれやーって言ってやった。
嘘だけど。

「おう、でも後で絶対着てみてね、銀ちゃん」

おお怖ぇ。
物わかりのいい神楽なんて、どんだけやばいこと考えてるんだか。
やべ、マジで外から戻ったばかりみてぇに寒くなってきやがった。





「似合うアル!銀ちゃんどこからどうみてもサンタさんアル!」
付けひげまでつけさせられ、うんざりしているおれにお構いなしで神楽が持ち上げる。

へーへー、褒められても嬉しくありませんし何も出ませんけど?
なんでそんな大仰に褒めますか?てか、ぶっちゃけ何企んでんだ、神楽。

「イブにはそれ来て出掛けるヨロシ」

なんだ、仕事かよ。そうならそうと早く言えっつーの。

「どこの依頼だ?ばばぁか?クリスマスに働かされんだ、ギャラはいいんだろうな?」

「仕事じゃないアル」

「おいおい神楽ちゃぁん。なに、仕事じゃないって。どゆこと?」

「大事なことだからよぉく聞くアルよ?銀ちゃんはイブにこれを着るアル」

「それ、さっきも聞いた」

「途中で口をはさむなよぉ。大事な話っつってんだろうが!いいあるか、さもないと銀ちゃんは大事なものをなくすことになるネ!」


なに、それ。
予言?
マジやめてくんない?
ちょっと怖いんですけど。



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