「ヘレボルス・ニゲル」3
うあっ!?
いきなり後から勢いよく抱きつかれてバランスを崩しそうになった。
酔客が普段より目立って多くなってからは珍しくもない。
大抵は女と間違われてのことなので、すぐ離してもらえる。
目くじらをたてるほどのことではない。不快ではあるが。
ただ、この手の看板は意外と重いので、一つ間違えば事故になるので気を付けねば…。
なんとか姿勢を立て直すが、珍しことにまだ離れてくれるつもりはないらしい。
「あの…」
バイト中のこと故乱暴に振り払うわけにもいかず、声を掛けながら振り返ってみると、おれの腰にしがみついていたのはピンク色の髪をした少女。
ショックの強さの割に、頭が当たった背中の位置が低いと思ったはずだ。
馴染みの少女はなにもこたえず、ぎゅうぎゅうと力を込め続けるだけ。
正直、かなり痛い。
それでも、不自然な体勢のままその髪をそっと撫でると、
「んだよ、子どもあつかいしてんじゃねぇよ!」
とやっとその顔を上げた。
寒さのせいか、両頬が少し紅潮している。
「ヅラァ、おまえこのごろずっとバイトばかりネ」
「ヅラじゃない、桂だ。リーダー、そんなことはないぞ?おれはちゃんと攘夷もやってる」
「んなこと言ってないアル」
「ん、そうか?」
「エリーは?」
「エリザベスはエリザベスで別の仕事をしてもらっている」
「ふーん…クリスマスくらいは来れるネ?」
どこに、とは聞かずとも解る。
ここしばらく寄せてもらう機会も時間もなくて、おれもずっと気にはなっていた。けれど。
「すまん、リーダー。生憎ちと忙しくてな」
「仕事するアルか?」
「そんなところだ」
「つまらないアル」
「銀時がいるであろう。奴に大きなケーキでも買わせたらいい。新八君と三人で楽しめるぞ?」
「あんなマダオ、どうせ金持ってないね。持ってたらクリスマスだろうといつだろうと玉打ちに行くだけアル。去年のプレゼントなんか新聞のチラシの束だったヨ」
「それはひどい」
「だから、おまえには奴に代わってリーダにプレゼントを上納する義務があるネ」
「では、仕事が終わって時間があったら駆け付けよう」
「どんな仕事アルか?クリスマスだからサンタクロースにでもなるアルか?」
「さすがはリーダー!実はそのつもりだ」
「そっちの方がおもしろそうアルな!よし、部下を助けるのもリーダーの務めアル。手伝ってやるネ」
「リーダーが手伝ってくれるとは心強い。だが、銀時や新八君が…」
「あいつらにも手伝わせればいいアル」
「新八君はともかく、銀時はちと…」
寒空の下、おれの仕事が一段落するのを待ち続ける少女を追い返すわけにもいかず、結局仕事を早めに切り上げさせてもらい、打ち合わせと称してふぁみれすに連れてきた。
しぶるおれにお構いなしで、やはり銀時にも手伝わせる気満々らしい。
できれば今回ばかりは奴と関わりたくないのだが…。
「サンタになってなにをするつもりアルか?」
温まってもらおうと思った思惑は外れ、大きなあいすくりんを口いっぱいに頬張りながら聞いてくる。
「もちろん子ども達にプレゼントを配るのだ。なにせサンタクロースだからな」
「一人でか?」
「そのつもり…………だった」
「じゃ、本当に手伝わせてくれるネ!?」
「ああ。実のところ、一人でどうすればいいか困っていたところだ。リーダーが助勢してくれれば百人力だ」
本当は断ろうと思っていた。断るべきだ、と。
が、それと察したらしい少女のガッカリした様子を目の当たりにしてしまうと、そうもいかなくなってしまった。
おれはこの子に滅法弱い。
多分、銀時も。そして新八君も。
「おう、ドーンとまかせるネ!」
途中でこたえを変えて本当によかったと、得意げに見得を切る少女を見て、おれは心底そう思った。
「プレゼントは何アルか?いつ、どこで、いくつ配るつもりネ?」
「それは………」
おれが計画を一通り話しはじめると、少女は更に乗り気になっていった。
そして、おれがなぜ銀時を関わらせたくないかを話し終えると、鼻で嗤ってこう言ったのだ。
「普段銀ちゃんを攘夷に誘ってる奴が今更なに言うアルか!変な遠慮してんじゃねぇぞ、コラ」
「遠慮…というわけではないのだが…」
そう言われてもなお、抵抗がある。
銀時は気にしないかもしれないが、おれが気にする。
「第一、ヅラのサンタさんなんて見れたもんじゃないネ」
「なにを言うかリーダー!意外と似合うかもしれないぞ?」
「リアリティに欠けるね。おまえがやると、ただのコスプレになるアル」
そう…かもしれない。
それに、本当のことをいうと、サンタ役はおれでない方がいい。
だが…。
「リーダーにまかせるね!絶対、銀ちゃんにサンタ役を引き受けさせてみせるネ」
少女は匙に残ったあいすくりんを丁寧に舐め終えると、そう言って悪戯そうに微笑んでみせた。
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