「ヘレボルス・ニゲル」4


「ありがとう、おにいちゃん。おねえちゃん」

五人の子ども達に口々にお礼を言われて、なんだか照れくさかったけど、お陰でとても素敵なクリスマスになった。
神楽ちゃんも、同じなんだろうな。
さっきからなにも言わないけど、きっと胸がいっぱいなんだ。



クリスマスイブの夜、神楽ちゃんの鶴の一声で、ぼく、そして神楽ちゃんにねだられてー多分、脅されてー無理矢理サンタの衣裳に身を包んだ銀さんは桂さんの隠れ処に集められた。

どうやら二人の間ではすでに話が付いていたらしく、桂さんはサンタの銀さんを見て何も言わず、挨拶もそこそこに大きな袋を差しだした。
もちろん、サンタが担ぐべきプレゼントの入ってる袋。
いつもなら”なんでおれがこんなことしなきゃなんねぇの?”と文句の一つも言うはずの銀さんが、黙ってそれを担ぎ上げた。
なにか脅されてるのかもしれない、とぼくが思ったのはその時だ。

さぁ、行くある!と桂さんに声をかけ、はりきる神楽ちゃんを桂さんが止めて、銀さんに紙切れを手渡した。


「なんだ、これ?」

「地図だ。印をつけておいたでな。ここからそう遠くないし、迷うこともなかろう」


ぼくたちは皆、桂さんも一緒に行くものだと思い込んでいたから驚いた。
それは神楽ちゃんも同じだったようで、どうして?と何度も聞いてたけど、でも、桂さんは落ち着き払って、自分は顔が割れているから行かない方がいいのだというようなことを言ったので、ぼくたちはー特に神楽ちゃんはーしぶしぶ ながら万事屋だけで出発した。





ヅラは本当に馬鹿ネ。
あんなに一生懸命アルバイトをしてプレゼントを用意したくせに、自分は行かないだなんて。
銀ちゃんにサンタを頼まなかったらよかったアルか?
もともとはヅラがサンタをやるつもりだったのに。
それに、銀ちゃんには関わって欲しくないとも言ってた。


ううん、やっぱり違う。
そうじゃないネ。

普段は銀ちゃんを攘夷に誘うくせに、こんなときに限って遠慮するなんて。
ヅラは遠慮じゃない、なんて言ってたけど、水くさいアル。

だから、そう言ってやったネ。


銀ちゃんと新八はヅラから貰った地図を見て、一体どこに向かわされるのだろうと話している。
わたしは知ってるネ。
ヅラに教えてもらったから。

今は教えてやらないけどな。





ヅラから渡された地図には、見慣れた几帳面な文字で注意書きらしい書き込みがある。
こんなの書くくれぇならテメェも来りゃいいじゃねぇか。
顔が割れてるから駄目だって?
なに寝ぼけたこと言ってやがる。
近頃のガキはそんなドリィーミーじゃねぇんだよ!
赤い服着てプレゼントくれる奴、それすなわちサンタなんだよ。
ジジイでもババァでも、おれみてぇな”おにいさん”でも関係ねぇんだよ。


にしても、神楽の奴、心臓に悪いこと言いやがって。
なぁにが「大事なものを失う」だ。
ふざけんな!
そんなハッタリ、誰が信じるかって。
そもそも、「大事なもの」って具体的になんなんだよ!?
そこんところハッキリしやがれ。


「銀さん、あそこみたいですよ」

新八が古ぼけた門柱が立つ小さな家を指差した。


「でけぇ声出すな!ヅラが門をくぐったら、そっと裏口にまわれって書いてたの忘れたのか!?」

「いや、あんたのほうが声でかいから」

新八がヒソヒソと続ける。
くそ、文句の多い奴。

「あーあ、なんでこんなうらぶれた感じのとこに来なきゃなんねぇんだ、おれたち。しかも裏口ってどんだけ寂しい扱いよ?」

「サンタが玄関から入るとまずいからだろうが!それくらわかれヨ、この天パー」

「てめ、いま”パー”って伸ばしたろ!」

「いい加減にして下さいもう、すぐそこですから」

「静かにするヨロシ」


二人がかりで冷たい目で見られるとさすがに反論する気も起きず、すごすごと裏に回ると、そこに、あの薄幸バ…おばさんがぽつんと立っていて、おれ達を見ると深々とお辞儀した。

んだよ、そーゆーことか。
なぁる…て、全然わかんねぇんだけどぉぉぉ?





ぼくたちを出迎えてくれたらしい女の人は、何度も何度も頭を下げ、申し訳ない程熱心にお礼の言葉を口にした。
そして、ぼくたちには全然解らない話をした。

おかげさまでみんな行く所が出来ました、って。
みんな離ればなれになるのは辛いだろうけど、本当の家族として迎えてくれる家が見つかって本当によかったって。
最後の最後に、こうして子どもたちが一緒に楽しく過ごせするよう計らってくれてありがとございましたって。


なんとなく、話の途中で、ここがなにかの施設のような気がしてきたし、孤児院か何かなんだろうなと見当は ついた。

でも、なんで桂さんと関係があるのかはよく解らなくて銀さんの方を見たけど、銀さんの方もよく解っていないような、なんとも不思議な表情をしていたので、ぼくは 次に神楽ちゃんを見た。
神楽ちゃんだけは、いかにも訳知り顔をして、じっと女の人を見つめていた。

後で神楽ちゃんに聞いた話によると…





後で神楽からあれこれ聞かされた。てか、聞き出した。
あいつがしぶってたらしいってのは、これが原因かよ。

あそこは親を攘夷戦争で亡くした子供たちが身を寄せ合って暮らしてきた施設。
あんだけ人が死んだんだ、そんな子どももいるわなそりゃ。
あのおば…ご婦人は、その子らの世話をしてきた奇特な女性ってか。
そんな美談を誰かがヅラの耳に入れたらしい。

おっさんどもと手分けして、引き取ってくれる家族を見つけるためにそうとう奔走したらしい。
よくもまぁ、かつての英雄とはいえ、指名手配犯の伝手で子どもを引き取ろうなんて 家庭が見つかったもんだ。
ヅラのことだから、その家族になにか問題がないかどうかまで調べに調べたに違いねぇから、きっといい人達ってやつなんだろうけどよ。

しかし、プレゼント代を稼ぐためのバイトといい、どんだけ働いたんだ。
そんなことしたって、それなりに救えるのはたった五人だけだってぇのに。


それでも、その五人だけでも救うことが、あいつにとってはスゲェ大事なことだったんだろう。
それはわかる気がすっけど…けど、攘夷戦争がらみの孤児の話だからってなんでおれに気ぃ遣うかねぇ。
そこがいまいちわからねぇ。


神楽の言う通りじゃねぇか。
普段まるで茶でも誘うみてぇに、気楽に攘夷活動に誘いやがるくせしやがって。

…おれがそんなこといつまでも引き摺ってるかよ。
おれは坂田銀時になってからの方が人生長ぇわけだし、誇れるほど立派じゃねぇけど、そこそこ幸せに行きてるっつーの。
蟠ってるのはてめぇの方だろうが。

…面倒くせぇやつ。

にしても、やっぱてめぇが来ないでどうするよ。
てめぇが一番、あの子らの喜ぶ顔を見たかったんだろうが。





「さぁ、てと。行くとすっか」

門を出てそう言うと、新八と神楽の顔がぱっと輝いた。
まるでさっきの子ども達みてぇに。

おめぇらもそう思ってんだろ?
あの子らがどれだけ喜んだかを教えてやろうや。
きっとこの寒い中、玄関先でおれらの帰りを待っている、あの莫迦に。





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