PHILTRE D'AMOUR chapitre3

「おっ、なんだいパー子ちゃん久し振りだねぇ」
「だって、こんなとこあんま来たくないしぃ。今日だって嫌々なのよぉ」
パー子の不躾なもの言いもうける客にはうけていて、パー子に話しかけた客も、パー子ちゃんにはかなわないぁなと満更でもない様子で苦笑いをしている。
「はい、チョコ。有り難く受け取んなさい」
パー子はそう言って、その男に小さな包みを差し出した。
「おや、これはパー子ちゃんの手作りかい?」
「違うわ、ヅラ子よ」
「へぇ、ヅラ子ちゃんの手作りチョコをパー子ちゃんから手渡してもらえるなんて、おれ今日はついてるねぇ」
「奥に入ったら、ヅラ子にお礼言っときなさいよ」
ヅラ子ちゃんも来てるのかい?今日は本当に良い日だねぇ、男はそう言いながら店の奥に消えていく。
今夜は何度同じような遣り取りを客と交わしたかわからない。
パー子はヅラ子の持ってきたチョコを全部持たされて、開店と同時に入り口近くに立たされている。そして来店する客一人一人にチョコを配っていた。
客はまず、久し振りに会うパー子にお愛想でも喜んでみせ、そうして手ずからチョコを渡されるとかなりの確率で本気で喜んだ。更にそれがヅラ子の手によるもので、店の奥には当人がいると聞かされると、いそいそと奥に引き込まれていく。
あいつ、マジで”おっさんホイホイ”だよな。
にしても、もうこんなに捌けたか。あと、二、三個だな。
本来、甘い物好きの銀時にチョコの配布を頼むなど狼に羊の群れを見張らせるようなものなのだが、生憎と全てのチョコが偽物だ。
チョコはチョコでも、ヅラ子の手作りというのは全くの嘘で、ママや青髭達の手作り作品。自称、”乙女心をたっぷり混ぜ込んだ愛情チョコ” らしいので、さすがの銀時もつまみ食いなど思いもよらない。つまみ食いがばれた時の制裁が怖いのではなく、ただ気味が悪いのだ。
桂にラッピングの一切を任されたと聞かされた時、銀時は言ったものだ。
「あいつらが作ったの?んじゃ、どんな不気味な汁が混ざってっかわかんねぇじゃん。おめぇも素手で触んねぇ方がいいかもしんねぇぞ」
さすがの桂も、それについては似たような意見だったのか、珍しく一言も銀時に反論せず、ただ、肩を落としていたのを覚えている。
それをヅラ子作と信じ込まされているおめでたい客を、銀時も同じ男の立場としては気の毒に思わずにはいられない。けれど、正直な所、出入り口にずっと立っているのは退屈だ。何より寒い。早く残り三人ほどの愚かな客をつかまえて、不気味なチョコを配り終えて奥に入りたい気持ちに勝るものはない。
だから、常日頃自分の売りだと主張して止まない気怠さをかなぐり捨てて、パー子は熱心に客引きを続けている。
やがて、その甲斐あってすべてのチョコを配り終え、やれやれとばかりに店に入ろうとした時に碌でもない男が文字通り息せき切って自分の方に突進してくるのを見て、パー子はげんなりした。
土方、もといトッシー…。

「お、遅くなったでござる。チョコは、ヅラ子たん手作りのチョコはもうないでござるか?」
銀時は臍をかんだ。
こいつが来ると知ってたら、ちゃんと残しておいてやったのに。青髭軍団の不気味な汁入りチョコ!
「残念だったわねぇ、ついさっき最後の一個がなくなっちゃったのよぉ〜」
違う意味で残念だよ、もうちょっと早く来やがれ、ばぁか!と思いながら、銀時はそれでもトッシー…土方に意地悪をする機会は逃さない。
「マジでぇ?」
銀時の言葉を受けて見開かれる両目をじっと見ながら、銀時は、はたして目の前にいるこいつはどっちの奴だと考える。
ヅラ子…桂は全く気付いていないようだが、桂からトッシーの話を聞かされる度に、銀時は土方が素でトッシーのふりをしていることの方が多いのではないかと疑っている。今、直にそれを検証するチャンスだ。
「そ、大マジ」
パー子はそう言って、空の袋を二つとも逆さにして揺すって見せた。もちろん、チョコなど一つも落ちてこない。それを見てあからさまに肩を落とす様子を銀時は抜け目なく観察する。
「じゃ、ヅラ子たんは?今日店には出るって聞いてたけど、奥にいる?」
その切り替えの速さに、今のこいつは土方だと銀時は判じた。
おそらくトッシーなら、もっと大げさに悔しがり、ジタバタとみっともなく足掻くはずだ。
…下手な芝居しやがって…こいつ、マジでどうしてやろうか?
「生憎ねぇ、いないわよん」
パー子はいけしゃあしゃあと嘘をついた。罪悪感など感じない。土方がトッシーに化けているのだって嘘には違いない。嘘には嘘を。こいつが土方なら、中に入れてやらなくてもいい。むしろ入れたくない。
「ええええ!」
驚くトッシーもどきの土方に、シッシと追い払うように手を振りながら店の奥に入ろうとしたパー子の目の前に、いつからそこにいたのかヅラ子が立ちはだかっていた。
ヅラ子は腕組みをして、何かを探るように目を細めている。
やっべぇー。
ヅラ子はパー子の横を通り抜けると真っ直ぐにトッシーの所へ行き、「よく来たなトッシー」と声を掛けた。
「ヅラ子たん!」
「なあに、あんたたち。なによこの三文芝居は!」
トッシーにかけたヅラ子の声が優しげだったことも、トッシーぶった声をあげて喜んでみせる土方のわざとらしさも気に入らない銀時はそう吐き捨てた。
「貴様こそなんだ、嘘などついて」
「嘘なんかついてないわよ、ジョークよジョーク」
「どんなジョークだ。時間がかかっているようだから気になって様子を見に来てやったらこのざまだ」
寒かったであろう、よく来たな、そう言ってヅラ子はトッシーの手を引いてやる。
土方はヅラ子に手を引かれたまま、パー子とすれ違いざまに、薄笑いを浮かべた。
どうやら土方の方も、正体に気付かれたことに勘づいてはいるらしい。

あんにゃろ、いつか殺す!
パー子は奥へと消えていったヅラ子と土方の後を追って、大股でズカズカと店内へ入っていった。


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