PHILTRE D'AMOUR chapitre4

「パー子ときたら、本当にしょうがない奴だ」
「もういいんだよ、ヅラ子たん。僕、こういうのに慣れてるから」
土方が思いきり同情を惹くような言い方をして、ヅラ子に健気さをアピールしてみせる。
それに対抗するように、銀時は、土方にだけ見えるように反吐を吐くジェスチャーをしてみせた。
ヅラ子は土方の嘘にも、銀時のジェスチャーにも気付かず、可哀想になトッシー、と土方の頭をまた撫でる。
あほくさ。やってらんねぇなぁ、おい。
半眼で気怠さ全開にしてソファに腰掛けるパー子に、責めるような視線をヅラ子が送って寄越す。
「貴様、やる気がないのならどこかへ行け、目障りだ」
「あーら、ゴメンなさいヅラ子ぉ。何度も言うように、あたしはこれが売りなのよん」
今度は土方が、銀時にだけ分かるように嘔吐する真似をする。
うっわー、まじムカツクんですけどぉ〜?
「今日は顔を出すと言っておったから待っておったのに、なかなか来ないものだから心配しておったのだぞ」
途中、変な連中に絡まれたりしたのではなかろうな、とヅラ子が気遣わしげにトッシーに訊く。
「大丈夫。擦れ違う人達に時々からかわれて足止めされちゃっただけだよ」
で、もってそいつら睨み付けてビビらしてたら時間くっちまったんだよ、と土方は内心で呟く。
「それは大変だったな。なんと言ってからかわれたのだ?」
「わっ、きもオタ近寄るんじゃねぇ!とか、おまえ絶対彼女いねぇだろ!とかだろうが」
「パー子、ちゃちゃを入れるな。おれはトッシーに訊いておるのだ」
「んー、パー子氏が当たってるよ」臆面もなくトッシーが認めると、だろうが?とすかさず胸を張るパー子に対して、ヅラ子はやるせなさそうな吐息をついた。
「可哀想に、トッシー…」
「あ、でもオタクは本当だし、彼女いないのもあたってるから」とトッシーは”彼女がいない”を強調しながら、ヅラ子をジッと見る。
くそう、こいつ転んでもタダでは起きねぇ野郎だ。それならこいつでどうだ?
「ああら、彼女ならあたしがいるじゃないのよん」と、パー子はわざとらしいシナを作ると、思い切りトッシーに寄りかかった。
「パ、パー子氏はお呼びでないでござるよ!」
「まぁ、つれないわねぇ。あたしこれでもヅラ子と並んでこの店のツートップなのよん」
「そのツートップが一つテーブルにいたんじゃ、他のお客様、帰っちゃうでしょうが!」
突然割り込んできた声にパー子が恐る恐る振り返ると、仁王立ちをした西郷ママが腕組みをして、パー子たち三人を見下ろしていた。
こわ。
  はからずも三人が同じことを思っていると、ママの太い腕がぬっと振ってきた。逃げる間もなくパー子が襟ぐりを掴まれると、そのままソファから引きずり出され宙吊りにされる。それを見て固まる残りの二人に、「こいつは連れてくわ。こんなやつでも固定客がそれなりにいるんでね」と言うと、ママは何事もなかったかのように立ち去った。去り際に「どうぞごゆっくり楽しんでらしてね」と常連客のトッシーにウィンクをするのも忘れない。
「パー子氏、大丈夫かなぁ?」
口では心配しながらも、土方は、ざまーみろ!と心の中で舌を出す。
相変わらずそんなことには気付かないヅラ子は「大丈夫だ。ああ見えてママは優しい所もある」と安心させるように言う。
ちっ、と舌打ちしたい思いを押しとどめ「そっか、よかったよー」と土方がよい子ぶって言うのと、それを聞いたヅラ子がまた微笑む。
「多分、貴様にチョコが行き渡らなかったのを知ってのことであろう。あれでも一応サービスのつもりなんだろうて」
「そっかぁ、チョコは残念だったけど、ヅラ子たんと一緒にお話し出来るなら、我慢するよ」
「…トッシーはいつも良い子だな…」
そう言いかけて、ヅラ子は何か思いついたらしく、そうだ、と手を打った。
桂の思いつきってのは、たいがいトンデモねぇもんだが…。度は何を思いついたってぇんだ?
土方はどんな突拍子もない発言でも受け止める覚悟を決めると、純粋さを装った表情を崩さずに大人しくヅラ子の言葉を待った。
「貴様、訳ありのチョコでもよいか?」
「わ、訳あり?」
桂の訳ありなんて、すっげー心臓に悪そうだが…。
ポカンとしてみせるトッシーに、ヅラ子は「うむ。おれが作ったチョコがあるのだが、それでよければ持って帰らぬか?」と言った。
「ヅラ子さんが?」
「一応作ったものの、手渡せなくなったものがあるのだ」
「え、でも、そんなのもらってもいいのかよ?」
棚ぼた的に目の前に転がり込んできた美味しすぎる話に、土方は驚きを隠せない。つい、トッシー言葉を使うのも忘れて返答してしまったことに気付いて冷や汗をかいたが、言葉はもう取り戻せない。
どうしたものかと狼狽えたが、幸いヅラ子は「貴様に作ったものでなくて悪いのだが…腹は壊さんと思う」と言っただけで、そんなトッシーを訝しんでいる風はない。
土方は、安堵の溜息をつくと、「うん、欲しい!本当に僕がもらって良いのなら」とまたしてもトッシーならざるハッキリしたもの言いで答えた。


戻る次へ