PHILTRE D'AMOUR chapitre5

「でね、パー子ちゃん…」
酔っぱらいが先ほどから何回も同じ話をパー子に繰り返している。銀時は適当に相槌を打ちながらも、土方を残してどこかへ消えた桂が気になって仕方がない。
あーもうるっせぇなぁ、はげ!その話何回目だよ!
胸の裡では激しく毒づきながらも笑みは絶やさず、パー子は抜け目なくトッシーの残る席に目を向け続ける。
お、帰ってきた。
銀時の視線の先で、桂が滑るようにテーブルに戻ると、淑やかな所作で土方の側に座った。
桂は席に着くなり袂に隠すように持ってきたらしい白っぽい箱を、土方に差し出している。
土方はそれを卒業証書でもあるかのようにしゃちほこ張って恭しく受け取ると、大事そうに抱え込んだ。遠目にもなんだか興奮しているのが解る。一方の桂は、それを満足そうに見ている。
なんだ、ありゃ?
せめて会話でも聞けないものかと、少しでも身体を桂達のいる方へ近づけようとするのだが、その度に銀時は酔っぱらいに引き寄せられてしまい、片言すら聞き取れない。

「ありがとう、ヅラ子たぁむむむ…」
またしても礼を言いかけるトッシーの口に、ヅラ子は大慌てで人差し指をあてがって、しーっという仕草をして見せた。
思いがけな桂の行動に、土方はうっかりチョコレートの箱を落としそうになった。
桂の指が触れていた唇が熱い。触れられていたのはほんの僅かな間だったというのに。
嬉しいというより寿命が一気に縮んだ気がした。心底、驚いたのだ。
「静かにしろ。パー子が配ったチョコはもっと小さかったのだ」
ヅラ子はトッシーの狼狽え振りになどお構いなしで、そのまま更に耳打ちまでする。
あまりの事に、ただ大人しくされるがままになっているトッシーに、「貴様にだけ他の客と違うチョコレートを渡したとなったら事だからな」と言って、ヅラ子はやっと身を離した。
やれやれ…。五年は縮んじまったんじゃねぇか、おれの寿命。
ヅラ子が離れてくれてやっと人心地つき、土方は「本当にありがとう。僕、大事にするよ」とトッシーの声で約束した。
「大事になどせずとも良い、それは食するものだからな。質が落ちてしまわない内に食べろ」と、ヅラ子の返事は身も蓋もない。
「でも、やっぱり大事にする」
「…そうか?」
うんうん、と請け合うトッシーの気持ちがヅラ子には解らない。
自分が作った、しかも訳ありのチョコを喜んでくれるのはいいのだが、それを大事にするという発想が理解しかねる。チョコは食べる物だ。確かに、それが愛らしい動物の形でもしていたら自分だって眺めて楽しむくらいのことをするかもしれないが、食い物は食い物だ。食べられることによって、初めて食い物としての価値が生じるというものではないのか?
それでも。
無邪気に喜んでくれるトッシーを眺めているのは悪い気分じゃない。むしろ、和む、と桂は思う。
遠くの席から自分たちをじっと見ている銀時の眼差しなど気付きもしないで、桂はただトッシーを見ながら微笑んでいた。

「それじゃ、拙者はこれで」
「もう帰るのか?」
チョコを抱えていそいそと席を立つトッシーにヅラ子が不思議そうな声を出した。
「うん。これ、生チョコでござろう?こんな暖かい店の中に置いておくのは良くないから」
「そこまで気を遣わなくとも…」
いいや、とトッシーは首を横に振ると、これ以上ここにいたら、他の客に自慢したくてたまらなくなるからーとぼそりと言った。
「あのな…トッシー…」呆れるヅラ子に、トッシーは「本当だよ。舞い上がってしまいそうだから、帰るよ」と頑なだ。
「そうか、では、仕方がない。またな、トッシー。気をつけて帰るのだぞ。からまれたりせんようにな」
いつもと同じ別れの言葉をもらった土方は、了承の印に頷いてみせてそのまま席を立った。
出口に向かう途中、自分を見つめている視線に気付き、辿った先に銀髪のおかまを見つけて土方はにやりと笑って見せる。
なんのことか解らず、不思議そうな顔をするので、ヅラ子から受け取ったばかりの白い箱をちらりと見せ、それ以上見せるのはもったいないと言わんばかりに大事そうに抱え込んだ。
途端に、眠そうな半眼が 見開かれ、険悪な色に染まるのを土方は確かに見た。そして、そのことに子供じみた悦びを感じずにはいられない。
小さな勝利を収め、店を出て行く土方を睨むように見送りながら、銀時は仕事が終わる桂と二人だけになれる時をじりじりと待ち厭んでいた。


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