PHILTRE D'AMOUR chapitre6

「今日は大変な客の入りだったな」
「ああ、そうだな」
「大繁盛で西郷ママも喜んでくれるであろう」
「ああ、そうだな」
「貴様も少しは懐が温かくなったであろう?子らにマシなものを喰わしてやれよ」
「ああ、そうだな」
「なんだ、先ほどから同じ返事ばかりしおって!」
「ああ、そうだな」
「銀時、いい加減にせんか!」
酔いつぶれ、ダラダラと居座り続ける客たちをホステス全員で寄ってたかって店から追い出し、やっと店を閉めることが出来たのはいつもの閉店時刻をとっくに過ぎた頃だった。
バレンタインにおかまバーで飲んだくれていることを自分で笑い飛ばしてしまう自虐ネタで客たちはあちこちの席で大盛り上がりだったのだが、祭りの後のホステス達はみな一様に疲労困憊していた。
銀時と桂とて例外ではなく、つい飲まされすぎ、飲み過ぎで、家路を辿る足元ですらおぼつかない有様だ。
桂…ヅラ子はトッシーが店を出た後は、待ちかまえていたその他大勢のシンパ一人一人に挨拶をして周り、例外なくそこで最低一献は相伴に預かったので、酔いも半端ではない。
眠気と酔い覚ましにーとばかりに先ほどから熱心に銀時に話しかけているのだが、銀時からは「ああ、そうだな」というワンパターンの返事だけ。これでは会話にならないではないか!と、とうとう怒り出したのだった。

「ああ、そうだな」
貴様…、と言いかけて、桂は気付いてしまった。
ああ、まただ。また同じ事の繰り返しだ。性懲りもない奴というか、おれら二人ともというか…。こういうパターンはもういい加減にして欲しいものだ。
「言え、銀時」
なにを?と初めて銀時が「ああ、そうだな」以外の言葉を口にしたのを聞いた桂は、やはりな、とばかりにほっと息を吐いた。仕方のない駄々っ子だ、と。
「なにもかもだ。貴様が拗ねているだか怒っているだか、落ち込んでいるだかの理由もひっくるめて全部吐いてしまえ」
銀時は、ちらりと桂の方を見るが、何も言わない。
銀時とて、本音では待ってましたとばかりに、桂にあれこれと訴えたい。
だが、誘い水を向けられてホイホイと白状するのは嫌だ。自分が拗ねているのも、すぐに白状するのも嫌なのは桂にはお見通しで、抵抗するだけ無駄だと充分知っておきながら、それでも銀時は素直に言い出せない。拗ねているのを解ってほしいくせに、拗ねていることを指摘されるのにだって本当は抵抗がある。
馬鹿だよなぁ、と自分でも思う。
そうして、おそらくは桂にもそう思われているだろうなと思うと、銀時は益々素直に言い出せないのだ。
桂の方も、銀時の裡なる葛藤など手に取るように解っている。解ってはいても、放置することは出来ない。なぜなら、宥め賺し、時には脅かし、場合によっては懇願してでも聞いておいてやらねば後々こじれて余計に大変なことになるのを身に染みて知っているので。
だから、なんとか今日の内に言わせておかなければ、と決意を固め、懸命に、あやすように機嫌を取ってやるしかない。
「ほれ、言え。言って楽になれ」
「どんな話でも聞いてやるから、な?」
「おれに不服があるなら言ってみろ?ん?」
一生懸命手を替え品を替え言葉を変えて、桂はひたすら銀時を説得する。お見通しなのはお互い様なのだが、内心面倒くさい奴だと歯ぎしりしていることは一応おくびにも出さない。ただ、ゆっくりと諭すように話し続ける。
随分と長い距離を一緒に歩き続け、そろそろ元々気の短い桂の堪忍袋の緒が切れようかという頃になって、銀時はやっと重い口を開いた。

「なんでトッシーにチョコなんてやったの?」
「見てたのか?」
「見てちゃ悪いのかよ?」
そうではない、とこれ以上銀時の機嫌を損ねないように桂は懸命に否定する。
「貴様、遠くの席に座っておっただろう?だから目に入っていたことに単純に驚いただけだ」
「たまたまな、ひ…トッシーが騒いだ気がしたからよ」
実は見張っていたからだ、などと銀時も正直には白状しない。
そうか?と訊く桂に平然とそうだよ、と答えた。そうすれば桂はそれ以上追及しまい。自分と違って桂はそういう点で淡泊なのを知っている。
「貴様が配っていた例のチョコを貰い損ねたと残念がっておったのでな、たまたま余ってたのをやったのだ」
「そうなんだ」
「ああ」
「何で余ってたわけ?」
「や…それは……とにかくおれが悪かったのだ」
銀時には、桂の言っていることがよくわからなかったが、それでも桂の言う”たまたま”に気分もいくらかはマシになり、やっぱりあいつ用に青髭特製チョコを取り除けておいてやれば良かった、と意識を他に向ける元気も出て来る。

そうすると現金なもので、そもそもは桂”が”土方にチョコをやったことが不満だったのに、いつしか土方にチョコ”が”渡ったことが惜しくなる。
だから、いかにも惜しげにそう言うと、「いじましいことを言うな」と桂に叱られてしまった。
「余り物だろうがなんだろうが、甘いものならおれが一も二もなくもらってやったのに」
まだブツクサ言う銀時に、桂は顔をしかめながら「そういう訳にいかんだろう。あれは手作りだから」と言った。

「それ、どういう意味だよ?」
それは今夜桂が聞いた中で一番真剣な声音だった。


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