PHILTRE D'AMOUR chapitre8

寄っていかねぇ?という銀時の誘いを断り、桂は一人帰って行った。
最後の最後まで頭を下げ続けた様子に、銀時は釈然としないものの、あれがわざわざトッシーに用意された物でなかったことが解ったのでそれで良しとした。少なくとも自分が貰った物は手作りではないにせよ、端から銀時にと思って買ってくれた物だ。土方の訳あり品とは訳が違う。
そもそも桂の考えることや言うことで、銀時が100パーセント理解出来たことなんてあったろうか?
ねぇな。と銀時は即断する。
戦いの最中や危機的状況の中などであれば互いの心の裡は手に取るように解るというのに、平時にはその能力が全く機能しないのが不思議だ。
桂の言うことを理解出来るのは、むしろもう一人の幼馴染みの方で、銀時は自分に理解不能な桂の戯言(としか思えないもの)を理解出来るらしい高杉を不思議に思ったものだった。
その高杉にしても、理解出来るのは頭でだけで、心からの理解は出来なかったようなので、銀時もさほど悔しくはないのだが…。
けど、ヤバイって時に息が合うって方が重要じゃね?
満更負け惜しみでもなく銀時はそう思う。その点、桂と最高のコンビネーションを組めるのは己だと自負もしている。
なんだかんだとこれだけ長い間銀時に付き合っているのは桂だけで、逆もまたしかりであることを思い出す度、銀時はくすぐったいような妙な気持ちになる。今まさに、そんなふわふわした気持ちで銀時は万事屋へと続く階段を上りきり、既に施錠してある玄関の戸を開いた。

当然のことながら中は真っ暗で、新八は帰宅済。神楽は押し入れで熟睡中らしい。
かなり夜目が利く銀時は、灯りをつけることなく座敷の方へと進んだ。
取りあえず、灯りをつけてパジャマ代わりの作務衣に着替えると、台所に行ってビールを一本手に取り、居間のテレビの前に陣取った。
そうして人心地つこうとして、初めて銀時は新八からのメモに気付いた。新八なりにどうすれば確実に銀時の目にとまるだろうかと考えた末のことだろう、チラシの裏にメッセージを書いたものをテレビ画面に張り付けてある。テレビを見ようとすれば嫌でも目につくように。
そうまでして残したいメッセージとやらを読んだ銀時は、狐につままれたような思いを味わった。
銀時はやおら台所へ戻ると、もう一度冷蔵庫を開けてみる。やはり、ない。
それだけを確認すると急いで居間へ戻り、テレビから剥がした新八からのメッセージにもう一度目を通す。

銀さんへ
もう遅いのでお先に失礼します。
神楽ちゃんは桂さんに頂いたチョコを早く食べたいと銀さんの帰りを待っていましたが、銀さんの帰りが遅いのでもう寝てしまいました。
神楽ちゃん、ちゃんと約束守って我慢したんですよ。
褒めてあげて下さいね。
銀さんの分のチョコレートは、桂さんが神楽ちゃんに見つからないようにと冷蔵庫に入れました。
この張り紙は、神楽ちゃんに見つからない内に剥がしておいて下さい。

____________________________________________________________________________________________________________________________新八


銀時はその紙を持ったまま、もう一度冷蔵庫を開けてみる。今度はごそごそと奥まで探ってみるが、やはりそんな物はどこにもない。
それでも気にはなるので、覚悟を決めると、銀時は冷蔵庫の中味を一つ一つ取り出してみた。
イチゴ牛乳が数パック、マーガリンに玉子のパック。味噌にバター。薬箱にビールと清涼飲料水の缶が四、五本。ハムにベーコン、エトセトラ。ありったけを外に出しても、やはり目当ての物は見つからない。 銀時は、また一つ一つ品物を庫内へ戻しながら、あるわけねぇよな、と自答する。
なにしろ自分はもう桂から直接チョコレートを受け取っているのだ。それがこんなところで自分の帰りを待っているわけがない。
ちぇ、あっちもこっちもわけわかんねぇ。
ブツブツ言いながら全部を元に戻しきった銀時は、ついでにさっき桂から貰ったチョコレートも仕舞っておこうと思いついた。
あんな高級品、それこそ神楽にでも見つかったら事だからな。
そんな大人げないことを思いながらいそいそと黒い箱を取り出すと、丁寧に包み紙を剥がしていく。剥がした紙は、どうせ見つからないようにこっそり捨てるのだからびりびり破いても問題がないのだが、一応我が家においで下さったチョコレート様に敬意を表するってことでーと更に丁寧に折りたたむ。そういうくだらないことに時間をかけることが、銀時にとっての喜びの表し方の一つでもある。
たたみ終えた包み紙は、読み終えたジャンプの中に紛れ込ませて証拠を隠滅。中から現れた分厚い箱の蓋に手をかけると、驚いたことに蝶番で止められていた。まるで宝石箱か何かのような大層な扱いに、あいつどんだけ金かけたんだ、と銀時は心配になる。そっと蓋を開けると、中から三つの間仕切りに行儀よくおさまったチョコレートが顔を出した。
さっそくつまんで口に放り入れてしまいたいところだが、今は我慢。
何しろー

ああ、そうか。そういうこと。
遅ればせながら、銀時はある可能性に思い至った。
というよりも、ほぼ真相に近いだろう。
多分…いや、きっとそうに違いねぇ。あいつ、馬鹿だからな。
この件に関しちゃ、おれも人のこと言えねぇけどよ。
銀時はもう一度さっと着替えを済ませると、万事屋を出た。

桂を追わねばならない。


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