浸透圧 その2

暗くてはっきりは解らないが、元々色が白いのか化粧が濃いのか、そのおもてだけが周囲から浮き上がって見えるようだ。
さすがに細かい造形まではわからないが、夜目にもひどく整っているのが判る。
突然の闖入者の思いがけない鮮やかな正体に驚いて、おれだけでなく連中も固まっているらしい。

「そこで何をしていると聞いている」
そんなおれたちに焦れたのか、女がもう一度、先ほどより少し声を張り上げて言った。
やっぱ、男の声だ。
どうなってる?
わからねぇ。
「…この男が、われわれの大事な物を盗んだので返して下さいとお願いしているところですよ、お嬢さん」
ぬけぬけと嘘を言ってくれるぜ。やっぱり禄でもねぇ連中だな。
「何言ってやがる!これはただの落とし物で、落とした男はここにはいねぇ!」
なにもおれが弁明する必要はないのだが、なぜか力を込めてしまう。
ふむーとおおよそ娘らしくないリアクションを見せ、その美女は「これ、というからには貴様、そやつらの言う大事な物とやらを今持っておるのだな」と、訊くというより断言した。
ああ、とおれが懐に手を当てて見せると、「それは、これ位の小さな袋か?」と両手の親指と人差し指を使って歪な長方形を作って見せる。
やはり色が白い為、女の作った形も、指の細さもくっきり見える。
ああ、やはり女なのだ、と思いながら大きく頷いてみせると、女もこくりとおれに頷いて見せ、それから
「それは確かにあの連中の物ではない。だが、貴様が持っていても意味がない。むしろ、持っていることが危険だ。だからおれに渡せ」ととんでもないことを言った。

「「ふざけるな!!」」
あ、与太者どもとハモっちまった。
なんで唐突に現れた見ず知らずの女にほいほいと渡さなきゃなんねぇんだ。
やっぱり、怪しすぎるぜ、この女も。
「おれはふざけてなどいないぞ?貴様、それはな、よろしくない、いや非合法のやばい薬だ」
それを聞いた連中の気配が明らかに変わった。
今まではただの悪意程度だったものが、殺気じみてきたのがはっきり感じられるほどに。
「てめぇ、何を知ってやがる!」
連中の一人が凄んでみせたが、女はそれに毛程も動じず、やけに落ち着いた声音でーおそらくほとんどのことをだ、と答えやがった。
なんなんだ、この女は!
それに、やばい薬ってぇのは一体なんだ?

「それが仮にはったりだとしても…穏やかではない物言いですね、お嬢さん」
最初におれに話しかけてきた男が、慇懃無礼な猫なで声で話しかけながら、静かに女に近付いていった。
まずい!
咄嗟に助勢に行こうとした瞬間、おれの目の前を男が見事な弧を描いて空を切った。
………嘘だろ?
あんなでかい男をあの細腕で、どうやって投げ飛ばしたんだ?
どんな馬鹿力だよ、あんた。
投げ飛ばされ、地面にたたきつけられた男は、くぐもったうめき声を上げるとそのまま意識を失ったようだ。
「「…………」」
残された手下どもはそれを見て、逃げるどころか再び固まってしまった。
気持ちは解るが、ここは逃げるところなんじゃねぇか?と人ごとながらぼんやり考えているおれの方に、我に返った者から順に詰め寄ってきやがった。
「てめぇ、さっさと×××よこせ!」
「おまえが持ってても×××ぞ!」
「よこさねぇと×××!」
「早く×××っつってんだろー!」
「ぶっ殺されてぇのか!?」
と何やら口々に言っているようだが…おれは聖徳太子じゃねぇんだよ!
全部聞き取れるか!
せめて一度に喋るのは2、3人にしてもらぇねぇか。
女にびびって焦りまくってやがるらしい連中相手に、おれがびびるとでも?
ふざけるな!
面白くもねぇ。
だからー

おれは努めて冷静に「悪ぃが、誰にも渡さねぇ」と意地悪く言ってやった。
ざまーみろ!と思う間もなく、今度こそあからさまにキレたらしい男達は、一斉に懐から匕首を取り出した。
あ、そんなもん持ってやがったのか!ちょっ…後出しは卑怯だろうがよ!?
内心の動揺を押し隠し、ジリジリと間合いを詰め始めた連中の面をぐるっと見渡した。
ヤバイ、どいつもこいつも顔がマジだ。
窮鼠猫を噛むとはこういうことか?
また埒もねぇことを思いながら突破口を探しているとぷぎゃ!と無様な音を立てて幾人かが同時に倒れ伏してきた。
男たちが倒れたお陰で開けた視界の先には不機嫌そうな女が腕組みをして立っていて、
「よってたかって弱い者いじめをするのはやめんか、貴様等!」
と言い放ちやがった。
あ?
…弱い者…って
弱い者って……?
ひょっとして…おれのことかぁぁぁぁ!!!!


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