浸透圧 その3

「誰が弱い者だ、誰が!」
おれの剣幕にも、女はやはり恐れをなすこともなく、
「むろん、貴様のことを言ったつもりだが…」
としれっと言いやがった。
「弱かねぇ!」
「強くもなさそうだ」
「てめ、喧嘩うってんのか!?」
「相手は匕首を持っている。人数も多い。貴様は丸腰で一人だけ。…弱そうではないか」
まだ言うか!
「でぇじょうぶだ。おれはこれでも警察だぜ?真選組副長、土方だ!」
それを聞いた連中が一斉にどよめいた。
当然だ。
だが、もう遅い。
今度こそざまーみろ!だ。
多少溜飲を下げていると、女は実に嫌そうな顔をして、
「なら、助ける必要などなかった」
と言い項垂れた。
さっきまでの強気な態度と打って変わった弱々しさで、さすがに憐憫の情がわく。
「ああ、そうだな。それでも、ありがとよ」
それは、おれなりに労りの言葉のつもりだった。
なのに!
女は、それを聞くと、そういう意味ではないとのだ、とひどく冷たい声で言い、そして、
「真選組なら、その連中にやられるところを見物をしてから、薬を取り返せば良かった」
と悔しそうに言ったのだ。
「な…?」
「実に惜しいことをした…」
女は心底残念そうに肩を落とし、駄目押しで溜息までつきやがった。
「お嬢さん…あんた、おれたちに、真選組になんか恨みでもあんのか?」
心当たりは残念ながら嫌というほど、ある。
「住んでた所を沖田のバズーカに吹っ飛ばされたとか?」
女は首を振る。
「沖田の暴挙に巻き込まれて、犯人もろとも酷い目にあったとか?それとも…沖田に…」
「なんで沖田ばっかりなんだ?おまえたち全員一味であろうが!第一、真選組にお嬢さんなどと呼ばれたくないわ、気持ちの悪い!おれはれっきとした男だ!」
おれの話を途中でぶった切り、憤然と言い放つ。
はぁぁぁ?
男ぉ?
周りの連中の驚いた気配がびしびし伝わってくる。
無理もねぇ。
おれだって半信半疑だ。
この美女が男だってぇ?
あり得ねぇ。
てか、あって欲しくはねぇ。
なのに、あまりのことに何度目かわからない衝撃に揺さぶられているおれにお構いなしに、
「ふん、沖田のバズーカなど毎日のように躱しておるわ!」
とせせら笑いやがった。
え?
なんだ、それ?
毎日のようにって…?
その偉そうな物言い、その人を見下したような冷たい視線…よく知っている気がする。
そう、どこかで…
しかも、女じゃなくて…男って………え?え!
俺の脳裏に、一人の小憎らしい人物が浮かぶ。
そういえばそいつも確かにこんな風な長い髪で…それにその声!
まさか、まさか……?
「おまえ、まさか、あの桂かぁ!?」
ようやく思い至った正体の意外さに、おれは叫び声を抑えられなかった。
「桂だと?」
おれの絶叫で目を覚ましたらしい、でかぶつが地を這うような低い声を出した。
桂!
その名を聞いた、手下どもがいっきに色めき立つ。
おいおい、おれが真選組だと知った時より、ずっと剣呑じゃねぇか。むかつく。
示し合わせたようにおれにだけ向けられていた匕首が、今度は明確な殺意を持って桂にも向けられた。
女の正体が桂だと知って、先ほどびびったことを忘れちまうほどに憎悪の感情が燃え上がったらしい。
ざまぁみろ!もうそんなすかした面をしてられまい!
なのに、女…いや、桂は、その綺麗な眉を片方だけはね上げて見せ、落ち着きはらった態度でこう言った。
「桂じゃない、ヅラ子だ」
なんなんだこいつは、くそ!


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