重五 4

「手伝いやす」
「いい、座ってろ」
「手伝いやすって」
「いいと言っている」
「こうみえて案外器用なんですぜ」
「こうみえて?貴様はどこからどう見ても碌でもないことを含めて器用すぎるようにしか見えん」
「褒め言葉として受け取っておきまさぁ」
「褒めてはおらん」
「それはわかってやす」
不毛な遣り取りを何度か繰り返した挙げ句、桂が根負けする形で手伝いが許された。
どんな些細な争いでもこの人に勝てるのは嬉しいが、「それを着ろ!」と偉そうに命令され、放り投げられた割烹着には閉口するしかねぇ。
どこでこんな物を手に入れてるのかはわからねぇが、腹にあたる部分にデカデカとあのペンギンもどきのアップリケが縫いつけられている。 今時寺子屋に通うガキどもだってこんなの着やしねぇだろうに。
そういえば、今日返しに来た重箱にも同じペンギンもどきの絵がついていたことを思い出した。一応塗り物だったことを思えば市販品なのだろう。
に、しても…どういうセンスでぇ、売る方も、買う方も。
着るのを躊躇っていると、前と後ろから刺すような視線を感じた。
前は桂。後は本物の白ペンギンだ。
前門の虎後門の狼ーという訳じゃねぇが、居心地がよくねぇ。土方には死んでも見られたくねぇ姿だが、腹をくくって着ることにする。
「似合うではないか」
「…ちっとも嬉しくありやせん」
「別に喜ばそうとしているわけではない」
「それもわかってやす」
あんたが誰かにおべんちゃらを言うところなんて想像出来ねぇし、したくもねぇ。
そもそも、そんな器用なことが出来るようなお人とは思えねぇですがね。
「さぁて、どんなことならやらせてもらえるんです?」
桂に言われるがまま丁寧に両手を、それこそ指のまたまで石鹸で洗わされた後そう問うと、「餡でも丸めてもらうか、一緒に」という返答。
「一緒に?あんた…桂さんとですかい?」
まさかあのペンギンじゃねぇでしょうねぇとの期待を込めて問うと、「おれとではない」とにべもない返事。
つい後を振り返ってみると、相変わらず無表情でこちらを見ている白ペンギンと目があった…気がした。
「エリザベスでもないぞ」
「へい?…それじゃあ一体…」
その視線に気付いたらしい桂に断言され、おれは一瞬あのペンギン以外にも桂の同居人がいるのかと思いかけた。
何か得体の知れねぇもんが今にも奥から出て来そうで、さすがのおれも戸惑いを隠せず、つい桂に答えを請うてしまう。
玄関先に轟音が鳴り響いたのは、桂がおれの問いに答えようとして口を開きかけたまさにその時。
何事かと飛び出していくまでもなく、何か赤い物が派手な音をたてながら狭い台所に転がり込んできた。

「ヅラァ、遅くなったね。まだ…」
万事屋のだんなのところにいる小生意気なチャイナ娘。
そのチャイナは、おれに気付くと一瞬で身を強張らせた。
おれを睨む表情はいつにも増して硬い。
「なんでおまえがこんなところにいるアルか!」
ビシッと真っ正面からおれに人差し指を突きつけて叫ぶように聞いてくる。
「さぁな、おめぇには関係ねぇこった」
「んだとぉ!」
「やめんか沖田!」
リーダーも、と桂がチャイナには穏やかに物を言う。
「…でもヅラァ」
不服らしく、チャイナは桂と話をしながらもおれの方を見据えたままだ。
「気にしなくても良い。臨時のお手伝いさんなのだ」
「だぁれがお手伝いさんだってんですかい」
貴様だ!と先程のチャイナ同様桂までがおれに人差し指を突きつけて言い切った。
へいへい、仕方ありやせんねぇ。
自分から言い出したこってすからね、付き合いやしょう。
それに、こいつがいた方がおれには都合がいい。
そして、あんたにもだ、桂。
こんな騒々しい奴がいれば、おれがさっきみてぇな薄暗ぇ思いにとらわれる心配は、ねぇ。多分。

けど…リーダーって…そりゃなんでぇ?
桂とチャイナの組合せじゃどうせ碌でもねぇ話に決まってらぁ。考えてもしょうがねぇ。
渡された割烹着を勢いよく頭から被ったチャイナの背中で二カ所、丁寧にリボン結びをこしらえてやる桂を見ながら、 おれは答えを探すことを放棄した。



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