重五 5

「わ、綺麗な色ネ」
桂がピンク色に染めた餅を見て、チャイナが嬉しそうに言う。
意外と普通の女(のガキ)みてぇな反応しやがるじゃねぇか。
「ところでリーダー、先程の音は?」と紐を結び終わった桂がチャイナの正面にまわって尋ねた。
白い割烹着を着たチャイナを頭から足の先まで眺めて満足そうに頷いている。
今度はそいつのかあちゃんか、あんたは。
けど、あの音はおれも気になってたところでさぁ。
「ああ、定春ネ。ごめんヅラ、定春ちょっと垣根壊しちゃったアル。地味な家だから行き過ぎるところだったネ」
で、急停止したらどーんってなったアル。
「怪我は?リーダーにも定春殿も怪我はないか?」
しれっととんでもねぇことを報告するチャイナと、それを普通に受け止めてしまう桂。
おれも大概とんでもねぇとの自覚があるが、こいつらの比じゃねぇ。
「大丈夫ネ」
「そうか、それはよかった」
「おまえんちが判りづらいせいアル。せめて表札でも出しとけよヅラぁ」
「ヅラじゃない、桂だ。リーダー表札はちと勘弁してくれぬか」
「やっぱりお尋ね者が表札はまずいアルか?」
なんでぇ、それくらいの理屈なら解るんじゃねぇかチャイナ。
「引っ越しの回数が尋常ではないのでな、一々取り外したりつけたりするがなかなか面倒なのだ」
おい……おい、桂!それ……どこまで本気で言ってやがる!
「ここもまた引っ越すアルか?」
「そうだな、そうなるな。それも出来るだけ早く…」
「んだよー、おめぇのせいだぞ、お手伝い!」
「だれがお手伝いでぇ!」
桂の答えを聞いて、またチャイナがおれを睨みつける。
まるで噛み付いてきそうな目をしてやがらぁ。こいつもなかなかいい目をしやがる。
「まぁまぁ、リーダー、すんだことは仕方がない。それよりも早くしないと餅がかたくなるし、長く待たせては定春殿が気の毒ではないか。さ、手を洗って」
桂に宥められてチャイナも気を取り直したのか、大人しく手を洗い始めた。
しかし、なんなんでぇ、桂。犬には「殿」付のくせにおれはお手伝いさん呼ばわりたぁ、くそおもしろくもねぇ。
「こら、貴様もぼさっとするな。沖田!」
あーあ。
あんたに名前を呼ばれた、たったそれだけのことでちいとばかり高揚しちまうなんてねぇ、このおれが。まだまだ可愛いところが残ってるってことじゃねぇですか。 笑っちまわぁ、ねぇ、土方さん。
「へいへい。人使いの荒いお人だ」
またチャイナが食い付きそうな目で睨んできたが、そんなことたぁどうでもいい。
おれはてめぇにこれっぽちも興味はねぇ。
桂の指示で、おれは粒あんを蓬の入った餅に、チャイナは味噌餡らしきものを綺麗だと言っていたピンク色のに、 当の桂は漉し餡を白い餅に入れて包む作業にしばし没頭した。

「どれだけあるんでぇ!」
最初に音を上げたのは情けねぇことに、このおれ。
丸めても丸めても、餅も餡も減った気がしねぇ。
本当に、どれだけ作る気なんだ!
「だらしのない。武士たる者がこの程度で音を上げてどうする」
「武士は普通柏餅なんて作りやせんし、本業でもなけりゃこんな量は作りゃしねぇです」
「おぉ、泣き言かぁ?ぶはははは、なっさけねー!」
「てめぇにだけは言われたくねぇ!なんでぇ、その不細工なのは」
数こそこなしちゃいるが、チャイナの丸めた餅はどれも歪で、大きさもてんでバラバラ。人のこと言えた義理じゃねぇ。
「るせーな、見た目より味で勝負アル!」
「味って、てめぇは味付けに関係してねぇじゃねぇか!」
「二人ともよせ、調理中だぞ」
二人してやんわりと叱られて、チャイナはぷうっとふくれはしたが、すぐにまた餡を包む作業に戻った。 おれの一言が効いたのか、今度は随分時間をかけて丁寧に丸めている。
それをまた桂が幸せそうに眺めてるのが、なんていうか…不思議な心持ちになってやりきれねぇ。
だが
とにかく包んじまえわねぇと。せっかくの休みを餅と戯れて過ごすなんて真っ平でぃ。
覚悟を決めて改めて手水をつけはじめた時、おまえはもうよい、と桂に言い渡された。
「後はおれがやるから、貴様は座って蒸し上がった餅に葉を巻け」
見れば桂は既に大量の白い餅を蒸し器に並べはじめている。どうやら全て包み終えたらしい。 手早いにも程がありやすぜ、あんた。
「あ、ヅラ、ずるいネ」
「ヅラじゃないし、ずるくないぞ」
「そいつだけ楽させんなヨ」
「楽をさせているわけではないぞ。おれは葉を巻く作業は好きではないのだ。それに」
「それに、何アルか?」
「葉を包むのは誰にでも出来るが、丸めるのは難しいのでな。おれはリーダーに手伝って貰いたいのだ」
桂にそう言われたチャイナは二カッと笑い、得意そうに鼻を膨らませて「そうアルな。最初の方は少しだけ変になってしまったアルけど、あたしの方がこいつより上手いネ」 と節をつけて歌うように言う。
「そうだな、さすがはリーダー、上達が早い」
気をよくしたらしいチャイナが再び餅を一心に餅を丸め始めるのを見て取ると、桂は包み終わった充分歪すぎるピンクの餅も蒸し器に入れ始めた。 並べる時に、一つ一つをそっと、しかも素早く形を整えていくのがおれからは見てとれる。
その手の動きを見ていたら懐かしい姿が面影に立った。

姉上…

姉は
亡き姉は、やはりこうやっておれの尻ぬぐいをこっそりやってくれていたのだろうか。
些細なことでも大仰に褒め、そうして黙ってそれと気付かれないように。
ありそうなことじゃねぇか。
今頃になって気付くなんて情けねぇ。

桂は
桂はチャイナになんと言ってやるだろう。
綺麗に蒸し上がったピンクの餅を前にして。
少々の歪みなど、蒸してしまえば判らないーとでも?
ふと気付けば、桂がこちらをじっと見つめている。
そして、やはりその瞳の色はどこか気遣わしげだ。

全然似てねぇのに。
見た目どころか性格すら似てねぇのに。
なんで…なんで今、思い出しちまうんでぃ。
餅に葉を巻くという単調な作業のせいかもしれねぇ。

ねぇ…姉上…。


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