重五 6

「あたし、ピンクのが一杯欲しいネ」
三人がかりで精を出した成果を前にして、チャイナが歓声を上げる。
ひょっとしたら一生涯分とも思えるほどの大量の柏餅を前にして、よく食欲が残ってるもんでぃ。
おれはこの先永久に柏餅なんて食えなくても後悔しねぇ。はっきり言ってうんざりだ。
「では、リーダーには味噌餡を多目に持って帰って貰おう」
「どれも綺麗アル」
「そうだな。蒸し上げてしまえば少々の歪みなどわからなくなってしまうものだからな。さすがはリーダー」 「何言うネ、ヅラァ!最初っからぜんぜん歪んでなんかなかったネ」
「そうだったな」
「そうネ!」
銀ちゃん、褒めてくれるかなぁーと、チャイナは相変わらず脳天気だ。

「んだよぉ、何がおかしいアルか!」
おれの予想通りの言い訳をする桂に、つい頬が緩んでしまったらしい。 自分を揶揄されたと思ったのだろうチャイナがくってかかってきた。
「別におかしいことなんざねぇよ」
「笑ってたアル!」
「言いがかりはよすんだなぁ。おれは笑ってなんかいねぇ」
「仕事が終わってホッとしたのだろうよ、無意識だ」
だから、責めてやるなーと桂が助け船を出してきた。
桂は、実際はおれが笑ったのを知っているのだろう。 そして、多分その理由をも知っている。
「そら、リーダー詰め終わったぞ」
桂が折に詰め終わった餅を見せてチャイナの気を惹く。
既に意識はおれから離れ、また餅に目を輝かせている。相変わらず単細胞な奴でぃ。
「みっつの色が綺麗に並んでるアルな。しかもいっぱい!」
「新八君と銀時、定春殿の分もあるのでな」
「これ全部貰ってもいいアルか!」
「ああ、みなで食してくれ」
きゃっほーい、と奇声を上げながら狭い台所でくるくる踊り狂うチャイナの側で、桂が手際よく荷造りをしてやる。 大量の折を、どこから持ち出してきたのか大きな風呂敷でしっかり包む。
「これでよし」
さあ、リーダー、定春殿が待っておるぞ。これは帰り道の定春殿とリーダーの分だ
差し出された白とピンクの柏餅を両手で受け取るチャイナの目が、嬉しげに大きく見開かれた。
「おおヅラァ、気が利いてるネ。褒めてやる!」
風呂敷をしっかりと背中に括りつけて貰いながら、チャイナが早速餅にかぶりついているのを見て、桂が声を立てずに笑うのが見える。
手についた餅の残骸も綺麗に舐めとると、チャイナは挨拶もそこそこに出て行こうとするが、いかんせん荷が大きすぎて戸口から出られない。
背後から桂が荷の形を整えて何とか台所から押し出してやると、ばたばたと忙し気な音をたてていく。
しばらくして外からまたしても轟音が鳴り響き、デカ犬と一緒に騒がしい退場劇をおっ始めたことを知らしめてきた 。
あのデカ犬、大人しく待っているのに相当退屈していたらしい。多分、全速力で走り出したのだろう。
「まったく、迷惑な奴だ。デカイ犬だけでも相当邪魔な上にあの大荷物、どこからどうみても怪しすぎでぃ」
「街中でバズーカを、それこそ民家にも遠慮なしに撃つ奴が言えた義理か」
つい出た本音に、桂が呆れたように言う。
「おれのあれは仕事でさぁ」
「仕事が免罪符になるか!充分市民の迷惑だ」
治安を守るはずの者が情けない、と薬罐を火にかけながら桂がブツブツ文句を言う。
「それこそ、少し前までテロリストだったあんたにゃ言われたくねぇです」
桂は何も言わない。ただ、無言で急須を出し茶っ葉を無造作に入れる。
案外大雑把なところもあるらしい。
「ご苦労だったな、まぁ飲め」
蒸し上がったばかりの餅と一緒に差し出された茶の香りは悪くない。
「いただきやす」
叱られる前に申し訳程度に両手を合わせ、軽く頭を下げてから啜ってみる。 驚いたことに味も悪くはないどころか、適当に投入されたはずの茶葉が、ほどよい渋みと甘味を醸し出している。
「慣れだ」
驚いて桂の方を見ると、淡々とした答え。
「そういうもんですかねぇ」
「そういうものだ。何事もな」
おれが頻りに感心している間に、いつの間にか奥から姿を現したペットの白ペンギンがちゃっかり桂とおれとの間に割って入り、当たり前のような顔で湯呑みを手に持った。 どうやって茶を啜るのか横目で見ているのに気付かれたらしく、ペンギンは意外と素早い動きでおれに背を向けると、湯呑みごとくちばしの中に取り込んだ。
見なくていいもん見ちまった…。
こいつ、やっぱり着ぐるみかなんかじゃねぇのか?
こんなのと平気で暮らしてる桂もまた、万事屋のダンナとは違う意味でただもんじゃねぇと改めて確信する。
それにしても…邪魔な化け物が一緒とはいえ、こうして並んで茶を啜っていると、身体中の力が抜けて弛緩していく。
出された餅は、おれの包んだ草餅。
さっきもう二度と喰えなくてもかまわねぇと思ったはずなのに、この人が入れてくれた茶と一緒なら苦もなく口に出来る。 蓬の香りとほのかな苦みが口いっぱいに広がって これはこれでいいもんだが、どうせなら桂の包んだ白い方を喰ってみてぇもんだ。
けれど、それを今口に出するのは何となく憚られるのはなんででしょうかねぇ。
隣にいるペンギンのせいかもしれねぇし、この心地よい沈黙を破るのが嫌なせいかもしれねぇ。

それでも。 追い出されもせず、ここにいられるだけでも上等なオフの日には違いねぇが、 こんな日にゃ、もっと特別ななにかがあってしかるべきなんじゃねぇかって気がするのは贅沢なんでしょうかねぃ…


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