重五 7

「ただいまよー」
万事屋の玄関先から神楽の声が響く。
声には艶があり、充分楽しい思いをしてきたことがすぐに解る。
「おかえり神楽ちゃん、お疲れ様。早かったね」
神楽の気持ちの良い声を聞いて自分まで幸せな気分をわけて貰ったかのように、微笑みながら新八がそれに応えた。
普段この年下の少女から受けている酷い扱いを考えると、それは随分人のよすぎる態度と思われるのだが、なに、なんのかの言ってもこの二人はよいコンビなのだ。 新八は神楽が口はともかく心根は優しい少女だということを十分承知しているし、神楽も心のどこかでそれを察して甘えているところがある。
この二人の笑い声が響くことのなかった以前の万事屋での暮らしがどんなものだったのか、銀時はあまり覚えていない。
それはただ虚ろで、酷く怖ろしい過去のような気がして、振り返るのを恐れているせいかもしれない。 なにしろ、この二人がいない頃の自分はまた、彼をも失っていたのだから。
それがどうだ。今や己は彼をも取り戻し、安寧な暮らしに身を置いている。
この明るい髪の少女は、今まさにその彼のところから戻って頬を紅潮させているのだ。
「どした、随分早かったじゃねーか。いまごろけえってきても昼飯なんざないぞ」
銀時も新八と似たり寄ったりの言葉をかける。
この少女の食欲を満たすだけの餅を作ろうと思えば、軽く夕方になる公算が大きかった。
今はまだ、そう昼過ぎだ。
「これを食べるからいいネ」
「これって、背中の荷物のこと?ひょっとしてこれが全部お餅なの?」
「デカイ荷物だとは思ったけどよ、中、マジで餅しか入ってねぇの?それでこのデカさかよ?ありぇねーんですけど!」
「そうある!ヅラに頼んでピンクのいっぱい貰ってきたアル」
「ピンクだぁ?ちょ、神楽味噌餡のばっか持ってきたんじゃねぇだろうな!」
「白いのも緑のもあるネ」
「ほんとか?ほんとにあるんだろうなぁ!」
「ちょっと銀さん、いい加減にして下さいよみっともない」
たかが柏餅の、それも中の餡のことで大声出すなんてーと如才なく三人分のお茶を入れながら新八が銀時を窘めた。
「ばっか、おめー柏餅なんて年に一度の楽しみじゃん、で、柏餅で何が一番大事かっつったら餡だろうが」
「柏餅って言うくらいですから柏の葉じゃないんですか、大事なのは。それでくるまれてなかったらただの餡入り餅ですよ」
「おれが言いてぇのはそういうことじゃねぇんだよ」
「じゃどういうことです?」
「おれが言いてぇのは、おれは漉し餡が一番好きだから白いの寄越せって事だ」
「なんだよ、それ!話元に戻ってるじゃねーか!」
言葉遣いは若干荒っぽくなっているものの、根が生真面目で慎重な新八は、湯呑みをそっとテーブルに置く。 仮に激昂していたとしても、新八は物に当たったりはしないだろう。
一方の神楽はようよう風呂敷の結び目を外すと、大荷物をどすんと音をたてて床におろし、包まれていた大量の折を取り出す作業に移っている。

「これはピンク、これもピンク、こっちもピンク…うぉお、大好きなピンクのがいっぱいアル!」
「おいおい、マジで味噌餡ばっかなんじゃねぇの、おれの漉し餡はどこだ、こらぁ!」
囀るように連呼されるピンクという言葉に銀時がたまりかねたようにソファから腰を上げ、床に広げられつつある神楽の戦利品を眺めた。
「ちょ、マジでピンクばっかじゃねえか!」
「そうアル、ヅラ、グッジョブネ!」
「どこがグッジョブだ!漉し餡寄越せ、今すぐ寄越せ!」
「…あんた…痛々しいよ…」
大人げなくギャーギャー騒ぐだけの銀時に代わり、新八が神楽を手伝い、折の中味を一つずつ確認する作業に取りかかった。
「ほんとだ、ピンクばっかり…あ、でも、」
草餅が入ってましたよ!と嬉しそうに報告する新八に、銀時は「それは粒あんじゃねぇか!」とにべもない。
「いいじゃないですか、どっちだって。粒あんだって食べたらおいしいですよ」
「じゃあ新八、緑のはおまえが全部食えばいいアル」
「ちょ、いくら何でも全部は多すぎるよ、神楽ちゃん。ピンクには及ばないけど草餅だって結構な数あるじゃない」
「いーんだよー、ほら、やっと白が出て来たアル。白もいっぱいアルよ」
「マジでか?一つ寄越せ」
「白はみんな銀ちゃんが食べるよろし」
ぽおんと神楽が銀時に一つ白い餅を放ってやりながら言った。
それを苦もなく片手で受け止めると、銀時は早速餅にかぶりつく。
桂がいたら見咎められ、説教の一つもくらうところだ。
二人の遣り取りを見た行儀の良い少年は、溜息をついてなんとかスルーすると「なんで?ぼく味噌餡もこしあんも食べたてみたいよ。神楽ちゃんだって同じ味ばっかりじゃ飽きるんじゃない?」とだけ言った。
「白は食っても良いけど、緑のは嫌ね」
「んでだよ、白はおれんだぞ、まぁ、一つくらいなら味噌餡や粒あんと替えてやってもいいけどよ」
「神楽ちゃん、ひょっとして緑色の、草が入ってると思ってるの?あのね、この緑色のは蓬と言ってね…
「んなこと知ってるアル。摘むの手伝ったネ」
だから、食べるの楽しみだったのによぉーと、新八の言葉を遮って、神楽がぷうとふくれた。
「楽しみにしてたのに、なんで食べないの?」
「気に入らないアル」
「なにが気に入らねぇってんだよ」
いつの間にか一つ目の餅を食べ終わり、ソファをまたぐようにして神楽や新八の側にやってきた銀時が問う。 かがみ込んだ体勢で、二つ目、三つ目の餅を頬張り始めている。
「…作った奴」
「え?桂さんが?」
「ヅラじゃないアル」
「んだよ、あのペンギンか?そりゃ確かに嫌かもしれねぇな。あれで結構器用なのかもしんねぇけど、気持ち悪ぃ」
「エリーじゃないね」
「確かに、エリザベス先輩が作ったのなら、桂さんが独り占めしそうな勢いではありますけどね」
「じゃ、誰だ?」
いつの間にか立ち上がっていた銀時が、見下ろすような姿勢で神楽に問う。
いつもと変わりない声音、やる気のない表情のままであるにもかかわらず、何故か新八はそんな銀時を少し知らない人のように感じた。


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