重五 8

「こりゃあ一体何のマネですかい?」
「見てわからんか、重箱だ」
ペンギンお化けが席を立ち、背後で何かゴソゴソとやっていると思ったら…今朝方おれが返しに来た重箱にせっせと餅を詰めていたものらしい。
「そりゃわかりやす。ついさっきおれがあん…桂さんにお返しにあがったやつですからねぃ」
「あんたじゃない、桂だ!」
「ちゃんと言い直しやしたぜ」
「普段、あんたですませておるから、つい口から出てしまうのだ。常日頃から、桂さんという癖をつけておけ」
「真選組のもんが、あんた…そう睨まねぇで下せぇよ、あんたをさん付けで呼んだりしてたらおかしいじゃねぇですかい」
「真選組のものが、おれの家で茶を啜ってる方が余程問題だ」
「ありゃあ、あん…桂さんが入れてくれたんですぜ」
忘れたんですかぃ?
だが、桂はおれの問いには答えない。ふいと横を向いて立ち上がると、茶箪笥から小綺麗な布を取り出した。
相変わらず気にくわない質問は無視するらしい。変なところで食い付いてきてくどいほど言葉を重ねることもある癖に。…ったく、どっちが子供でぃ。
布は思った通り風呂敷で、薄紫色の縮緬のそれで桂は重箱を几帳面にくるんだ。
そして、再びそれをおれの前に差し出し「持って帰れ」と言った。
「いただけるんでしたら持って帰りやすが」
でも、一体なんでですかぃ?
「駄賃だ」
「へぃ?」
「餅作りを手伝ったではないか」
「へぇ、まぁ」
「それに」と言って桂は滅多に見せない悪戯そうな顔をして、「端午の節句も今はこどもの日と言うらしいでな」と含み笑いをした。
「へいへい、どこまでもおれをガキ扱いしてぇみたいですね」
「ガキ扱いではない、ガキだ!」
「そうでした、そうでした」
オレはわざとらしく口を尖らせて見せた。これは本当は桂の癖。
桂はきょとんとした顔でおれを見ていたが、「もう行け」と短く言う。
「おれぁ疲れてんでさぁ、もうちっと休ませてもらっても罰はあたらねぇと思うんですがねぇ」
「おれは今から引っ越しだ」
誰かのお陰でなーと桂は嫌味たっぷりに綺麗な眉を片方だけ上げてみせる。
「わかりやした、追い出されねぇうちに出ていきまさぁ」
「そうしろ」
「で、これはどうしやしょう?」
「駄賃に持って帰れと言ったはずだが」
「重箱の方でさぁ。今朝返しに来たばっかりなんですがねぇ…おれは全く何しに来たのやら……」
「もう持ってこなくても良い。いちいち返しに来られては面倒だ」
「それでいいんですかぃ?」
「ああ、構わん」
「でも、これお気に入りとかじゃねぇんですかぃ?」
ほら、例の白ペンギンがついてやすぜ?
おれの一言で、桂の肩が強張ったのを確かに見た。どうやら痛いところを突いたらしい。
「いいと言っている」
ムキになったように言い返してくるが、やっぱり口先を僅かに尖らせている。拗ね方がまるっきりガキだ。
「お宅に持ってくるようなマネはもうしやせん。今度店の方にでも…
「それは駄目だ」
おれの言葉を遮り、いつになく強い口調で拒否される。
「なんでですかい?別にあの店が攘夷志士のたまり場ってわけでもねぇでしょうに」
「貴様、未成年であろう。ああいういかがわしい店に出入りしてはいかん」
やれやれ、そんないかがわしい店でバイトしてるお人が何を言うやら。
「ですがおれぁ、警察なんで。そういう店に入ることだってありやすし、酒も飲みやすぜ?」
「いかんといったらいかん」
「そうは言ってもですねぃー
「なんならトッシーに預けてくれればよい」
このまま次に会う口実を失うの嫌さに継ぐべき言葉を探すおれに、桂はつれなくそう言った。
こりゃ驚いた。
トッシー…ねぇ。
なんでおれが野郎に塩を送んなきゃなんねぇんですかい。
ありゃぁ時々…というよりずっと土方の馬鹿、本人なんですぜ。

あんた…マジで気付いてねぇんですかい……。


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