重五 9

「誰だ?」
ゆっくりと銀時が繰り返し神楽に問う。
特に関心のない風を装ってはいるものの、やる気なさげな目の奥にごく僅かな光が宿っているのに神楽は気付いたろうか。
新八はそっと神楽の様子を窺ってみる。
神楽は、餅の方に気をとられて銀時の方を見てもいないのだろう、何の躊躇いもなく「猿どものクソガキね」と言っていかにも嫌そうに顔を顰めた。
「ふーん、そうなんだ。なにやってんだろうねぇ〜総一郎君も」
沖田がなぜ桂の家にいたのかという不思議に新八が気付いて心配そうに銀時を見やるのに、銀時はいかにも興味なさげに呟いた。
その声も表情もやはりいつも通りで、それがかえって新八を落ち着かない気持ちにさせる。
この人の本心は今、どこにあるんだろう、と。
真選組の沖田さんが桂さんの家にいる不自然さに、なぜこの人は疑問を抱かないのだろうか、そしてなぜそれを口に出さないのだろうか、と。
一方の神楽はなんの屈託もなく「知らないアル。ヅラは臨時のお手伝いさんだって言ってたネ」とさらりと言い、 なぁにがお手伝いさんアルか、あいつ一番最初にダウンちゃったネ、と付け加えた。
その時の沖田の様子を思い出したのか、神楽はいかにも可笑しそうに声を立てて笑う。
楽しそうな神楽の様子は新八を(おそらくは銀時をも)とても和ませるのだが、今ばかりはそうもいかず、神楽の明るい笑い声に、新八は積極的に応える術を持たないのだった。そして、おそらくは銀時も。
「どうしたアルか?」
いつもなら一緒に笑ったり、窘められたり、時には叱られたり鉄槌を下されることだってあるというのに、なんの反応も示すことなく、 ただ戸惑うように視線を漂わせている新八や銀時の反応の薄さに気付いたらしい神楽は笑うのをやめ、どちらにともなくそう訊いた。
「なんでもないよ、神楽ちゃん」
先に応えたのは新八。
神楽を安心させるように、無理に笑ってみせる。
「んだよー、なんでもないことないアル。新八、なんか顔が変ね」
「や、この顔生まれつきだから、ぼく。お構いなく」
「言ってることも変ネ。ね、銀ちゃ
「や、ちょっと気になって!なんで沖田さんが桂さんの所にいるのかなぁーなんて!不思議なこともあるもんだなっ、て!!」
よりによって銀時に話を振ろうとする神楽を新八が慌てて遮り、あえて沖田の名前と先ほどから蟠っている疑問を己の口から出してみる。
銀時は
銀時は一心に折を漁っていた。
新八の話は無論、神楽の話も途中から聞いていたのかどうか…。
ひたすら無心に折を探り、銀時言うところの漉し餡が入っているものを探し出しては抱え込む作業を繰り返している。
淡々と。
ただ、淡々と。
そのあまりの静かさにさすがの神楽も何かを感じ取ったのか、黙って銀時をじっと見つめた。
新八と神楽。
二人に見つめられていることを知ってか知らずか、銀時は腕から餅を一つとると、おもむろに頬張った。

「銀ちゃん!」
慌てたように甲高い声を出す神楽をやんわりと手で制すと、新八はそっと首を振って見せた。
銀時は神楽の怯えてもいるようなその声にすら反応を示さず、もしゃもしゃと餅を食べている。
眉をしかめているのは咀嚼しづらいからかもしれない。
葉を外すことも忘れて無心に餅を頬張り続ける銀時に向けて、桜餅じゃあるまいしーという言葉は、ついに新八の口から出ることはなかった。


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