重五 11

ああ?
しつこい野郎だなぁてめえもよ。
おれはさっき言った通り甘いもんは好きじゃねぇんだ。
そう吐き捨ててやろうとした言葉は喉元から先に出ることはなかった。
まるで急に主を失った傀儡のように、おれは開いた口を閉じることが出来ず、ただ、じっと重箱を見つめることしかできないままだ。
おそらくは射貫くような視線でこちらを見つめている総悟の前で。
いつもであれば言葉よりも充分雄弁なはずのおれの両の目も、情けねぇことに総悟ではなく、その差し出す重箱に、いや、そこに描かれた白いペンギンもどきに吸い寄せられたまま動いちゃくれねぇ。
ああ、そうだ。
この趣味の悪い塗り物を、おれは知っている。
つい1ヶ月ほど前に、この目でハッキリと見た。
そして、あの日、この重箱を総悟が後生大事に抱え込み持ち帰ったのも。
なぜ、それが今ここに?
おれが白ペンギンに充分気付くだけの時間をとると、総悟はつ、と重箱を傾けた。中味がよく見えるようにという配慮、もしくは嫌がらせの延長。
中には総悟や近藤さんの言った通りに柏餅が行儀よく並んでやがる。
ただ、それだけだ。
だから、それがなんだってんだ?
自分が作った餅の出来映えでも褒めて貰いてぇってか?
まさかな。
それにしても、よくもまぁ、こんなに…てめぇは莫迦か?
いや、そうじゃねぇ。
莫迦は
おれだ。
総悟はハッキリ言ったじゃぇねぇか。
こんなもん貰っちまいましてねぇ
今時珍しい手作りで、できたてをいただいてきやした
実はおれも手伝ったんでさぁ

こいつ…いつの間に……?
視線を餅から引きはがし総悟を睨めると、案の定したり顔をしやがった。
その面にハッキリと優越感が滲んでいるのは気のせいなんかじゃねぇ。絶対に、ねぇ。
あからさまに解答への道筋を幾筋も提示されていながら、こんな単純な答えに今まで気付かなかったとは、おれも焼きが回ったか?
これも、違う。
焼きが回ったわけでも、おれの目が籠もったわけでも、ましてや嫉妬に狂って冷静な判断力を欠いたからでもねぇ。
総悟だから、だ。
総悟は、己の欲望や好奇心を満足させるようとする時にのみ、その関心を他人に向ける。
基本は自己中心的なエゴイストだ。
そんな奴があろうことか桂に感心を持っているかもしれねぇなんてこと、おれは気付きたくなんかなかったんだ。
なぁ…総悟よ…
おまえは何を思って桂に近づく?
おれへの嫌がらせか?
それにしちゃ度が過ぎてるじゃねぇか。
それとも、おれが間違っているとでも言うのか。
あろうことか、おまえの様な奴が本気で誰かに惚れただなどあり得るのか?
…おれにゃわからねぇ。
考えてもわかるわけねぇ。

「武士の情け、好きなだけ食べなせぇ」
白いのがいいですぜ。草餅はおれが手伝った毒入りかも知れねぇ奴だし、その薄桃色したのは暴力チャイナの鼻くそ入りかも知れねぇ。
もどかしさをもてあまし、席をたつにもたてなくなっているおれに総悟が言う。
「なんせ、今日は誕生日らしいですからねぃ。おれにも仏心ぐらいありまさぁ」
そのかわり、あんたがこれ、返しに行くんですぜ?
想像だにしなかった言葉にどう反応すればいいか考えあぐねている間に、総悟はそれだけを言い、俺にグッと重箱を押し付けた。
そして、近藤さんにだけ丁寧に一礼すると、そのまま部屋を出ていっちまいやがった。
近藤さんを憚ってのことかもしれねぇが、それはあまりにもらしくねぇ静かなもの言いで………。
しかも、その声音には憤りも妬心も、ましてや憐憫も感じられず、ただ、奇妙な虚ろさだけが響いているようにおれには聞こえた。

「そんなに甘くもないぞ。だから試しに食ってみろ、トシ」
総悟とオレの水面下での鬩ぎ合いなど知るよしもない近藤さんは、屈託のない笑顔をおれに向ける。
罪悪感にいたたまれなくなりながら口に運んだそれは、まるで甘くなどなく、むしろ苦い味がした。


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