星宿 4

肩を貸すと言うトッシーの申し出をなんどりと断り、ヅラ子はすました顔で再び歩き始めた。
後を歩きながら謝罪を繰り返すトッシーに、ひねっただけだしこの通り普段通り歩けるから気にするな、と穏やかに言いながら。

「でも」
まだ言いつのろうとするトッシーに、ヅラ子はまた溜息をつくと、足をひねって厄介なのは沖田や土方達に出くわすことくらいだが、今夜はその心配もないだろうから大丈夫だ、と どこまで本気か解らないようなことを言い出す。
それにしてもーとヅラ子はそこで言葉を切り、後ろを振り返ると「トッシーは段々土方に近づいている気がする」と同じことを言った。

「僕が?土方氏に?」
「本人なのだから似ていて当たり前なのだろうがな」
「…僕が土方氏に似てきたら嫌?」

こんな事を訊くような自分が既に嫌だ!気持ち悪ぃ!と思いながら、それでも土方は確かめずにはいられなくてヅラ子に訊く。

ヅラ子は「そうだなぁ…」と言うと、それきり黙り込む。
次の言葉を待ちながら、土方はぴんと背筋を伸ばして歩くヅラ子の少し後について行く。
前を行くヅラ子の歩みは淀みなく、本人の言う通りひねった足は大したことがなさそうなのに、土方は秘かに胸をなで下ろした。

やがて
「そうだなぁ」とヅラ子はゆっくりと繰り返し「おまえ達は元々同じ人間なのだから、そのうち融合するのかもしれぬな」と続けた。
「融合…」
「他によい言葉が浮かばぬ。混ざり合って、今までの土方でもない、もちろんトッシーでもない別の土方十四郎になるのかも」
「…嫌だ」
「だろうな」
また、ヅラ子は口を閉ざした。
「ぼくは…もっと強くなりたいとか思う事もあるけど、でも、別人になるのは嫌だ」
トッシーなんかと混ざり合うなど気持ち悪すぎる、と土方は心の裡で叫ぶ。
「誰だって自分が自分でいられなくなるのは嫌だし、怖いだろう」
「怖い?」
あんたにも怖いものがあんのかよ…。
「ああ、怖い。おれはおれであり続けるためにこうやって生きているのだからな」
桂は桂であるために、攘夷に生きている。
では、おれは?
おれがおれであるためにはどうすればいい?
近藤さんのために生きること、だ。
なのに、おれはここでこうやってこの人といる。己を偽ってまで。
それは近藤さんへの裏切り以前に、おれ自身への裏切りではないのか?
そして、もう一人のおれともいえる奴は、トッシーは?あいつがあいつであるために何をしている?
オタクか?
はっ、くだらねぇ。
やはりトッシーなんておれには要らねぇ。跡形もなく消えちまえばいい。融合なんて選択肢はおれに限って絶対にねぇ。
おれはあくまでも土方十四郎だ。
では、おれがただ土方十四郎であるためには…?

ああっ!わからねぇ!なんだってぇんだ。
あー煙草が吸いてぇ。そうすりゃちっとは頭もスッキリするだろうによ。

ッシー、トッシー?

つい先ほど煙草で失敗したばかりだというのに、同じ轍を踏もうとしていた土方を我に返らせたのはヅラ子の呼ぶ声。

「あ、ごめん、ボーッとしちゃって…」
「構わん。そう簡単に思い切れるようなことではないだろうからな」
だがな、とヅラ子は続ける。

「おれはな、もしおまえと土方が融合したら、互いに良い影響を与え合えるのではないかと思うのだ」

それはどうかな、と土方は思う。
確かに、トッシーの立場から見ればそうかも知れないが、土方からすれば百害あって一利無し。
互いにーと口では言いながらも、桂は贔屓のトッシーのことしか考えてないのではないかと思うのはおれの僻目だろうか?

「ぼくが土方氏にしてあげられる事なんてない。邪魔なだけだよ」
トッシーを借りて洩らされたそれが土方の本音。
トッシーの成分なんてこれっぽっちもいらねぇ。
それなのに、ヅラ子は「それは間違っている」といつになく険しい声音で断言した。


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