星宿 6

「今夜はここまででいいぞ」
そうヅラ子が告げたのは、嫌というほど見知った十字路にさしかかったあたり。
見通しが良く広くて真っ直ぐな通りが、東西と南北に延びている。
屯所までそれなりの距離はあるが、この角を右に曲がり、真っ直ぐ東へ向かえばいいだけだ。

そして、このままどこの角も曲がらず北へと向かえば…

これから万事屋へ向かうのかー

ヅラ子が今から北へ向かうという確証など全くないというのに、土方は何故か強くそう思った。
よしんばヅラ子の向かう先が北の方角であったとしても、今の隠れ家がたまたまその方面にあるだけかもしれないというのに…。

「まっすぐ行けばパー子さんの家だね」
「ほう、よく知ってるな」
「行くの?」
「うん?」
「パー子さんのところに行くの?…お友達の…」

訊きたくないはずなのに、気がつけばそう問うていた。
なんでだ、と土方は腑に落ちない。
まさか………
………トッシー?

もし
もし己が今トッシーならば、確かに素直にそう訊いたかもしれない。
でも、まさか…?
トッシーがおれに近づいているという先ほどの桂の推測は間違っているはずだ。
なぜなら桂がそう思う根拠となったのは、酔っぱらいたちを前にしての土方の行動にあったはず。
あの群れから、トッシーが大した騒ぎにもせずにヅラ子を連れて抜け出したから。

だから、トッシーが土方に近づいているというより、土方の化けの皮が剥がれそうだっただけーと土方は判じていた。

けれど
今の疑問は、普段の土方であれば決して言葉に出したりはしないはず。
それに、思い返せば、先ほど自分が桂に問うたことはなんだったか。
あろうことか「…僕が土方氏に似てきたら嫌?」などと口走っていたのだった。
こんなことを訊くような自分が既に嫌だ!気持ち悪ぃ!と思いながらも、だ。

まさか

下手をすると、おれがトッシーに近づいているってぇのか?

ひょっとして、いつか、桂の言う通りに、おれたちは渾然と混ざり合ってしまうとでもいうのか?

「さぁ…行くかもしれんし、行かないかも…」

おいおい、なんだよそりゃ。
つい今し方まで困惑にのみ占められていた土方の意識が、暢気そうに答えるヅラ子の方へと向いた。

「…ずいぶん適当なんだね」
「ああ、適当なんだ」
「驚かない?」
「ん?」
「パー子さん」
「いつだって驚くさ」
突然訪ねれば、誰でも驚くだろう?

「もう寝ちゃってるんじゃないの?」
「多分な」
「それでも、行くかもしれないんだね」
「どうしたトッシー、そんなことを訊くなんて?一緒に万事屋に行きたいのか?」
んなわけねぇだろうがぁ!
そう思いながら、自分の一言一言がヅラ子を万事屋へ行ってほしくない心情から出たものであることに気付いて、土方はまた愕然とする。

「…ただ…」
土方は必死に言い訳を探す。
「…不思議なんだ」
「不思議?」
「遅いし、寝てるって知ってて、驚くって解ってて…それでも行くかもしれないって…ヅラ子たん人に迷惑かけるの嫌いなのに…」
だから…
「行かない方が迷惑なこともある」
え?
「足をな」
ひねっているであろう?
「今ばれるのがいいか、後でばれるのがいいか…」
問題はそこだ。
まるで月を見上げるかのように顔を空に向け、桂は思案し始める。

「よし!1なら寄る、2なら寄らぬ」

はぁ?なんだそりゃ?

「これから数えながら歩いていく。1で止まったら寄っていくが、2なら素通りだ」
「数えるの?1、2、1、2って?」
「そうだ」
「でも、1と2じゃ大した違いはないよ?」
1で止めようと思えば簡単に調整出来ちまうじゃねぇか、あほらしい。
「ふむ…それもそうだ」
「…でしょ?」
「ならこうする。あの階段を最後まで上りきった時の数で決める」
「上がるの?それだけのために?わざわざ?」

信じらんねぇこと言いやがる。こいつ、足捻ってるくせによ!
「上がってみなければわからぬ。さすがにおれでも段の数まで頭に入っておらんでな」
そういってヅラ子は楽しそうに笑った。
ああもう、こいつときたら。本気だ。本気でやるんだ。…どこまで馬鹿正直なんだ!

「ではな、トッシー気をつけて帰るのだぞ。送ってくれてありがとう」
「あ…」

桂の突拍子もない思いつきに呆気にとられている間に、ヅラ子にさっさと別れを告げられ、土方はただ呆然としたままその場に取り残された。
桂はきっともうカウントを始めている。今話しかけたら怒られてしまうだろう。
仕方ねぇ。

土方は肩を一つ竦めるとゆっくりと右へ曲がった。
そうして、自分も屯所へと向かいながら桂に倣ってカウントを始める。
1、2、1、2、1…
おれは屯所の敷居をまたぐまでだ。
あいつも今頃こうやって歩いてんだな…そう思うとなんだか可笑しくなった。
そして一人勝手にそんなことに付き合う自分にも。

1で止まったりすんじゃねぇぞ、桂!

そう念じながらも土方は数え続ける。
万事屋よりも屯所の方が近い。
あいつは幾つまで数えることになるのだろう?
1、2、1、2、1…
北と東。
違う方角に向かいながら、二人は同じように数え続けている。

やがて
1で止まったのは土方の方。
桂は?

確かめる術を土方は持たない。


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