星宿 7

「で?」
「で、とは?」
「なんでおめぇじっとしてんの?」
しかもヅラ子の態でよ。

音もなく静かに寝室の窓が開けられたのはつい今し方。
その静かすぎる所作で侵入者の見当はすぐについて。
珍しいこともあるもんだと覚醒仕切っていない頭の隅で、それでもどこか嬉しくも思いながら部屋に入ってくるのを待っていたのに。
いつまでたっても入ってこないものだから…。
痺れを切らせて起き上がって窓の方を見ると、窓の外から中を見ていた目とバッチリあってしまって…。
咄嗟に出たのが「で?」という一言。
桂も「で、とは?」と短く答えるだけ。
仕方なく今度こそ起き上がり、窓辺まで行ってよくよく見れば桂はヅラ子の扮装でじっと立ったまま。
右手には草履がしっかり握られているというのに何故入ってこようとしないのだろうか。
疑問をそのままストレートに問いかけたのに「それが1で止まってしまったのだ」なぁんていつも以上に訳のわからない答えをいただいてしまう。
やれやれ、夜中に勘弁しろよ。
「…すいませーん、仰ってる意味がわかりませーん」
「それは説明する」
だから、入れろ。
「いっつも勝手に入ってくるじゃん」
何で今日に限ってーと言いかけて銀時はそれ以上言うのをよす。
どうやらまだ頭が半分以上あっちの世界にいるみてぇだ。
そんなこと訊く方がどうかしてんだ。理由があるに決まってんじゃん。
「手貸そうか?」
「…助かる」
躊躇うことなく差し出された左手をグッと握ると、銀時は弾みをつけて桂を窓越しに中へ招き入れる。深夜のこととて特別声に出してタイミングを計ったりはしない。 それ位のこと、阿吽の呼吸でどうとでもなるくらいに二人は相変わらず近しい。
部屋に入れてみて判った。桂は
「足、怪我してんだ」
「たいしたことはないがな」
この態でなければ簡単に入れたのだが、と桂は忌々しそうに唇を尖らせる。もう落ちかけているとはいえ、紅の残る唇でそんなことをされたのではたまらない。

いきなり顔を近づけた銀時に驚いた桂が目を丸くする間もなく、唇を重ね合わせると紅を舐めとるように何度も啄んだ。
「ん…銀…」
悩ましげな声に更に煽られ、更に深く紅唇を奪おうとしたところを桂の手で制されてしまう。
「んだよ、草履を持ったまま人の顔の前に手を出すんじゃありません」
「足が」
不満を漏らす銀時に桂の答えはまたしても短いものだったが、それで銀時には事足りる。充分なくらいに。
滅多なことでは弱音を吐かない桂のこと。短いその言葉でも、充分深刻に捉える必要がある。
痛いのだ。足が。
しかもかなり。
「…こいしょ」
銀時はまず桂を横抱きにすると胡座をかいて畳の上に座る。
「どっち?」
「…左」
軽く裾を捲り、足首を見てみる。月明かりに照らされて白く光る足首が確かに心持ち熱を持っている。
「傷はねぇな」
「捻っただけだ」
「草履、どうしたの?」
「鼻緒が切れた」
「それだけで足を捻るようなとろい奴じゃ、おめぇとっくに死んでるよね?」
何があったか教えろよ、詳しくな。

抱えられたまま珍しく穏やかに言われたのでは洗いざらい喋った方がよさそうだ。
そう判断して、桂は銀時に話し始めた。

まずはそう、店を出て自分が出てくるのを待っていたトッシーを見つけたあたりから。



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