玉響 弐

「おれを見ても黙りたぁ、うざったいロン毛と一緒に記憶でもなくしましたかい?」
おれにそう言われて初めて気付いたのか、桂がちらりと自分の肩の方を見やった。
細くて白い首筋がおれの目を射る。
「真選組と仲良く話をする気にはなれん」
「言ってくれやすねぇ」
まだ熱が下がっりきっていないようで、薄紅に染まった顔で思いっきりしかめっ面をこしらえてみせるのが面白い。
そんな顔じゃ、怖くも何ともありやせんぜ。
ここがどこかと聞かれたので、どこだと思うかを訊き返したら、「質問に質問で答えてはいかん、と寺子屋で教わらなかったのか?」と言って叱られた。
全く、可笑しいったらありゃしねぇ。
「あいにくと出来の悪い餓鬼だったもんで、教わったことなんて碌に覚えてねぇんでさぁ」
あんたとちがってねーとにやりと笑ってみせると、むぅ、と小さくふくれた。
やっぱ面白すぎますぜ、あんた。
「いいから言わんか!」
おやおや、意外と気が短ぇ。こいつぁマジでおもしれぇ。からかい甲斐があるってもんでさぁ。
「人にものを尋ねる時は、丁寧に頼めって教わらなかったんですかい?」
と今度はおれが切り返す。
桂は”む”と唇を少し尖らせ、渋々といった態でそれでも「どこですか?」と丁寧に訊いてくる。
こっちは笑いを堪えるのに必死ですぜ。
「あんた、変わってますねぇ。生真面目にもほどがあらぁ」
馬鹿がつくほどですぜぃ、と実際軽くからかってやると、更に頬を赤く染めて真顔で睨んでくる。
ああ、たまらねぇ。
「そう睨むもんじゃありやせんや。こう見えてもおれぁあんたの命の恩人なんですぜ?」
「ふん。助けてくれと頼んだ覚えはないし、年長者にぞんざいな口の利き方をするものでもない」
「…そりゃ、そうなんですがねぇ」
寝起きのせいか短い髪が少し乱れていて、孵化したての黒い雛鳥みてぇだ。
本人は冷淡に言い放ったつもりかもしれねぇが、そんな態で凄まれても、こっちが反応に困りまさぁ。
こんな餓鬼みてぇな年長者、なかなかお目にかかれませんや。中身だけなら餓鬼みたいなのはおれの身近にもいますがね。
土方とか土方とか、土方とかでさぁ。
桂は、なにを思ったのかおれの顔をじっと見ている。
ふうーん、といったようにやはり時折口を窄めて考えている風なのがよく解る。本人は無自覚なんでしょうがねぃ。
しばらくそうやっておれを眺めていたかと思うと、急に我に返ったのか、「で、どこなのだ?」と再び訊いてきた。
「おれの家でさぁ」と答えてやったら、おまえの?と目を丸くした。ぽかんと小さく開けた口が妙に可愛らしい。だから、年長者って言われてもピンとこねぇんですぜ。
男ばっかりが顔をつきあわせている屯所に詰めているのに嫌気がさして、家を借りている隊士が少なくないことを説明したが、納得したかどうかまではわからねぇ。
ただ、おれの話を聞いている時、桂の目が一瞬遠いどこかを見たような気がした。
何を思い、何を見ているかは知らねぇが、今は目の前のおれを、おれだけを見ててもらいてぇもんだ。

物思いから我に返ったらしい桂が、今度は「なぜ屯所に連れて行かなんだ?」ときた。
やっとその質問ですかい。ここまで来るのにどんだけ遠回りしちまったことか。
わかりやせんか?と目でたずねてやると、おれの答えを待ちかまえるかのように、桂が少し体を強張らせた気がした。
どうやら真面目に人の話を聞く時には、居住まいを正す癖があるらしい。思った通りやっぱり生真面目だ。馬鹿つきの。
「土方さんでさぁ」
本当の理由なんざ言えやしねぇ。
おれは咄嗟に嘘をつくことを選んだ。なぜここで土方の名前を出したのかは自分でも解らねぇ。
ただ、目の前のこの人を土方も憎からず思っていることが、おれの心のどこかに引っかかっていたらしい。しかも、思いがけず深く。
「どういう意味だ?」
そんなおれの思いなど当然知る由もなく、桂はただきょとんとして小首を傾げてみせた。


戻る次へ