玉響 参

「おれぁ、土方の嫌がることをするのが三度の飯より好きなんですがね。あいつは桂って奴を捕まえるなら自分の手でーって思ってるんでさぁ」
「では、おまえがおれを捕まえたとなれば充分嫌がらせにならぬか?しかも真選組の株も上がって一石二鳥だと思うが?」
おれの話を真剣に聞いていたらしい桂が、当然の疑問をぶつけてきた。
「甘ぇなぁ。たしかにおれに先を越されたと知ったら、土方の野郎は地団駄踏んで悔しがるでしょう。だがねぇ、そんなのは一時の勝利にすぎ やせん。おれぁ、そんなのでは満足できねぇんで」
おれは一体何が言いてぇんだか。おれの意思とは関係無しに舌が勝手に動いちまいやがる。
いや、そうじゃねぇ。
おれの舌はおれの頭なんかよりもっとおれの気持ちを知っていて、それに忠実なだけみてぇだ。
おれは止めどなく聞こえてくる己の声をどこか遠くで聞きながら、それに気付いていた。
「おれの望みは、もっとこう精神的に追い詰められるような深い傷なんでさぁ、ヅラ子さん」
「おれはヅラ子ではない。今はな」
どこか憮然とした顔つきでわざわざ訂正を入れてくる。
ああもう!さっきなんでおれがわざわざ”桂って奴”と遠回しに言ったのか考えてみて下せぇよ。
本当に馬鹿正直なお人だ。…たまらねぇ。
「ヅラ子さんってことにしときやしょうや。そのほうがお互いに都合がいい。ま、おれぁヅラ子さんでも桂でもどっちでもいんですがね。大事なのは…」
おれはここで思わせぶりに話を止めた。
次におれが言う言葉でこのお人がどんな反応を示すかが楽しみで仕方がない。
「土方があんたに惚れてるってことでさぁ」
なのに、桂ときたらただきょとんとしたままで、また小首を傾げて見せるだけ。
おいおい、こいつぁひょっとして…?
「へぇ、ひょっとして気付いて無かったんですかぃ、あんた…」
正直驚いた。
あんなあからさまな土方の惚れっぷりに気付かねぇって…あんた鈍感にもほどがありまさぁ。
「何をだ?」
ほうら、まだ気付いてねぇ。
あり得ねぇでしょうが。
「だから、土方があんたに惚れてるってことを、でさぁ」
と噛んで含めるように言ってやるのに、返ってきたのは「…そうなのか?」という薄いリアクションのみ。
あの桂が、こんなに鈍い男だなんて…驚きを通り越して呆れるしかねぇ。なのに、
「もしかして…土方にはそういう趣味があるのか?」
だなんて、突っ込むところがそこですかい。なんて困ったお人でぃ。
「…あんた、土方さんがなんであの化け物屋敷に通い詰めてると思ってるんですかい?」
あまりのことに、おれの方が聞きたくなった。
「…それは…考えたこともなかったな…」
ポツリという横顔は本当に幼い。
「面白い人ですねぇ、あんた。土方のやつも気の毒に」
おれは思ったままを言ってやる。
「ちっとも気の毒がっているようではないが?」と咎めるように言うのが可笑しい。
土方の奴ざまーみろ。ああ、可笑しいですぜぃ。あんたの想い人は今のところあんたに興味無しだ。
…今のところ?
ああ、そうだ。今のところ、でしかないんですねぃ。この先はお釈迦様でもわからねぇ…わけだ。
そうだ。
ひょっとしたら、おれぁとんでもねぇ間違いをやらかしちまったのかもしれねぇ。
この人は今まで土方の気持ちなんぞ忖度したことなんざなかったんだ。
土方はああ見えて本命には臆病な奴だから、放っておけばいい見物だったのに。
おれは、この人に土方の気持ちを気付かせちまったんだ。
ひょっとしたら……?

ああ、駄目だ。それだけは許せねぇ!
「あんたが土方のことを何とも思ってねぇのはよく解りやしたけど、土方は本気なんですぜ?」
相変わらず優秀なおれの舌が、思考よりも先におれの心根を捉えて言葉にする。
「だから、なんだ!例えそれが本当であっても、おれには関係ない」
要領を得ないおれの話しぶりに焦れたのか、叫ぶように言う。
そりゃそうでしょう、実のところおれだって何を言おうとしてるんだかさっぱり解ってない有様なんでねぃ。
でも、その言葉、嘘じゃありやせんね?
「だから、あんたに1つ頼みがあるんでさぁ……」
「取引と言うことか?」
そうそう、そうでさぁ。
「そう警戒しないで下せぇ。あんたにとっても悪い話じゃないですぜ」
きっとそのはずだ。
「ふん、どうだか。幕府の狗の言うことを信じる義理はない」
おれのよく知る桂らしい偉そうな物言いだが、長襦袢を着ただけの色っぽい格好で言われても、ただ可愛いだけでさぁ。
「死にかけのあんたを拾って手当を受けさせてだけじゃなく、匿ったおれを信じてくだせぇよ。おれは、あんたをこのまま見逃してやろうってんですぜぃ」
ーそちらの出方次第で、と桂に顔を近づけて囁く。
「言うだけ言ってみろ、承諾するかどうかはおれの自由だ」
「へい、じゃぁ…」
さぁ、言ってやろうじゃぁねぇですか。何よりも強くおれが願うこと。
その二つの内の、まず一つを。
「今後、なにがあっても土方の野郎とは寝ないで欲しいんでさぁ」
どう出るか、なんて心配はこれっぽっちもいらねぇはず。
もともとその気がねぇんだ、一も二もなく承諾するに決まってらぁ。
問題はもう一つの方の願い。

おれは楽しくてたまらねぇ。


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