玉響 肆

「誰が寝るか!そんなこと、頼まれるまでもないわ!」
それまでよりも更に頬に赤みを増して、桂が力強く断定する。心外な、と言わんばかりの剣幕におれはほくそ笑むが、不安はまだ消え去ったわけじゃねぇ。
「約束ですぜぃ?」
とつい念を押す。
「するまでもないがな」、と言い桂は苦笑した。
お互いにじっと相手を見合い、その言葉に偽りがないかを探る。
そんなこと無駄でしかねぇのは痛いくらいに解ってるはずなんすがねぃ。
「もう、よいだろう。おれは約束は守る」
「話はまだ終わってませんぜぃ?」
立ち上がろうとするので慌てて制した。
まだだ。まだ帰ってもらっちゃ困るんでぃ。
「先の約束は、ここからヅラ子さんを出して差し上げる代償ってだけですぜぃ?」
さぁ、もう一つの願いを言う時だ。
「ほう?」
あんた、素直に聞いてる場合じゃないんですぜ?
「真選組のおれがあんたを助けて匿ったんですぜ?そんなやばい橋を渡ったおれへの感謝、あんた忘れてませんかねぇ?」
感謝だぁ?自分で笑っちまわぁ。
そんなものしてほしくって助けたわけじゃねぇ。
そんなの、おれは自分でよーく知ってるってぇのに。
「…菓子折でも届ければよいのか?酒はいかんぞ、貴様未成年だろう?」
ああ、あんたほんとになんも気づいてねぇんですかぃ?
おれがあんたに何を言おうとしてるのか。おれがあんたになにを求めてるか。
拍子抜けして
「…やっぱり面白ぇですね、あんた。おれがそんなもんで手を打つような玉に見えますかぃ?」
聞いてみると、んーと唇を尖らせてしばらく考える様子を見せ、見えないとばかりに生真面目に首を横に振ってみせる。
だから、このお人は!
「話が早ぇや」
おれはもう笑うしかない。
ああ、なんてこった。
なんであんたはこんなに素直なんでぇ。

あんたはあの桂だってーのによ。
「では、金子か?」
やっぱりずれてる。
おれがあんたに何を言いたいか、本当に解っちゃいねぇようで…。
「はずれ、でさぁ」
「…仲間を売るのは断じて断る。この場で腹かっさばいて自刃するぞ」
「あんたの刀はおれが預かってまさぁ。生憎と自刃は無理ですぜ。それに、おれがいつあんたに仲間を売れと言いやした?」

どこまで話を飛躍させちまう気なんだか。とことんずれたお人だ。
いや、とおれは思い直す。
ずれてんのはきっとおれのほうだ。おれがこのお人に本当に望んでいるのは…
「ではなんだ?早く言え!謎かけに付き合ってる暇などないわ!」
桂は柳眉を逆立ててーってのはこう言う時にこそ使う言葉なんでしょうねぃ。よっく解りやしたぜーまくし立てる。
「あんた、意外と気短ですねぃ。ま、そりゃそうですねぃ、行かなきゃならねぇところもありそうですし。それとも、調べなきゃならねぇこと、ですかい?」
おれはなるべくならその想いを口にしたくなくて与太話を続ける。
そのくせ、一刻も早くこの人におれの暗い欲望を突きつけてやりたくてうずうずしてもいる。
おれも自分で自分が解らねぇ。あんたのせいですぜ、桂。
おれの言葉のどこに引っかかったのか、性懲りもなくおれを睨める桂。
「そんなおっかない顔で睨むのはなしですぜ」
とおれは巫山戯てみせる。
不本意そうな目で見つめ返してくるのがやっぱり面白れぇ。

「その傷、例の辻斬りですかい?」
いつからおれは臆病になっちまった?
なぜ、言わない。言いたくて言いたくてこんなにも焦れてるってぇのに、なぜ言えない?
怖いのか。おれぁ、この人に軽蔑されるのを恐れているのか?
らしくねぇ。
らしくねぇじゃねぇか、バカバカしくて笑っちまわぁ。
「まぁ、そうだ」
この人らしくねぇ曖昧な言い方に心が更にざわつく。
「へぇ、辻斬りごときにやられるようなお人には見せませんがねぇ」
かまをかけてみるが返答はない。さすがにそう簡単にはひっかかってくれねぇ。

「それにその傷、かなり奇妙らしいですぜぃ。医者が見たことねぇ傷だって、不思議がってましたっけねぇ」
じわじわと責め立ててみるが、やはり無反応のまま。
なぜこんなに黙りを続けるのか不思議に思いかけた時、一つの可能性に思い当たった。
高杉?
ひょっとしてそれでさっき…?
おれは、自分で導き出した答えに、何もかもが黒く塗りつぶされていくような不快感を禁じ得ねぇ。
言える。
今なら、言える。
今しか、言えねぇ。
「ま、なんか怪しげな事にあんたが関わってることは間違いねぇはずでさぁ。ですから、それを見て見ぬふるする分も上乗せさせてもらいまさぁ」
あんたに嫌われたって構わねぇ。
おれぁあんたが欲しいだけだ。
どうでも欲しくて欲しくてたまらねぇ。

「あんたには今から土方の代わりにおれに抱かれてもらいやすから」
…やれやれ…ようやく、言えた。


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