玉響　伍

「ふざけるな！」
怒る顔がまたたまらねぇ。
「おれぁ、大真面目でさぁ」
大真面目も大真面目。心底あんたが欲しいんでさぁ。
「貴様、自分で何を言ってるか解っておるのか？」
「へい、重々承知の上ですが？」
往生際の悪いお人だ。おれが伊達や酔狂で男と寝たい、なんていう粋狂な奴に見えやすか？
「…断る！」
刀を取り上げておいて正解だ。確実に抜かれてたに違いねぇ。手負い相手になんぞ負ける気はこれっぽっちもしねぇが、あんたのその傷に障ると困りまさぁ。
「いつおれがあんたに抱かせてくれって言いやした？おれは、あんたはおれに抱かれるって言ったはずですがね。事はもう決まってるんですぜ？あんたに拒否する権利なんかはなっからないんでさぁ」
「なっ？」
少し焦る顔がおれの欲望を更にあおる。
そんな顔が見られるってんなら、おれはどんな冷酷なことだって言いやすぜ。
「言ったじゃありやせんか、おれぁ土方の野郎が嫌がることをするのが大好きなんだって。さっき約束しやしたね？土方はあんたを抱けやしねぇ。なのに、おれはあんたをこれから抱く…楽しくて、嬉しくてゾクゾクしまさぁ」
これは嘘偽りのない本音だ。
「…腐ってるな、貴様」
ああ、腐ってまさぁ。
この前まであんたのことで土方を内心馬鹿にしてたこのおれが、あんたを抱きたくて抱きたくて仕方ねぇなんて。
ミイラ取りがミイラになるどころの話じゃありやせんぜ。まるで…まるで馬鹿みてぇだ。
「なんとでも言って下せぇ。褒め言葉と思っておきまさぁ」
「…刀などなくとも…」
自死の可能性をにおわせながら睨んでくるが、なぁに、このお人は死に急いだりするタイプじゃねぇ。志とやらを貫き通すためには這い蹲ってでも生き延びようとするタイプに違いねぇ。
だから、そう言ってやった。
もしそんなことをしようものなら、辻斬りの一件がどうなるかおれにも解らない、とも。
「職務放棄か？そもそも江戸の治安を守るのがおまえ達の役目ではないのか？」
こんな風に大きな声で責め立ててくるのも心地いい。
この人にこんな風に揺さぶりを掛けているのが自分だと思うと、ゾクゾクするほど嬉しくてたまらねぇから、火に油を注ぐようなことをわざと言ってやる。もっとあんたの怒る顔が見てぇ。
「貴様、ぬけぬけと！自分たちの無能さ無力さを棚に上げて恥ずかしくはないのか」
ああ、ほら。その顔でさぁ。たまんねぇぜ、桂。
「精神衛生上、棚に入れたまま忘れるようにしてるんでさぁ。すまじきものは…ってね。それに目的が一緒なら、たまにはいいんじゃありやせんか？おれがあんたを助けちまったように…。」
「ちょっと待て！では、おれを生かしてここから出すことが、貴様らにもそれなりのめりっととなるではないか！」
「…まぁ、そうなんですがねぇ」
ほぅ、そうきやしたか。粘りますねぇ。一応貞操がかかってるんだ。そりゃ、そうでうでしょうけどねぃ。
「だったら、対価には別のものを要求しろ！」
「それは嫌でさぁ」
諦めたりしやせんぜ。これを逃したら、おれは二度とあんたに触れる機会には恵まれねぇ。
「貴様、まだ言うか！」
当たり前じゃねぇですか。
おれはもう近藤さんを裏切っちまってるんですぜ。
それくらいは当然じゃねぇですかい。
例え、それがあんたの意思に反した行為だったとしても、おれが勝手にやっちまったことだとしても、でさぁ。
そうさせちまったあんたにも責任の一端があるはずでしょうが。
「じゃあ、こうしやしょう。おれはあんたを抱くと決めちまってる。けど、あんたに選ばせてあげまさぁ」
それがおれがあんたにしてやれる精一杯の譲歩。
「何を、だ？」
こう訊き返しちまうことが、既におれの要求を呑むことを半ば承諾しかかってるってこと。あんた、気付いてねぇんですか？
「自由を得る為の代価として自ら進んで躯を差し出すか、それとも、おれがあんたを虜として好き勝手弄ぶのかをでさぁ」
そう言っておれは出来るだけ酷薄そうな笑顔を浮かべる。
そして、桂の方に膝を進めて「どっちでも好きな方を選びなせぇ」と囁いた。
側にいると桂の戸惑いが手に取るように解る。
「おれぁ、好き勝手する方が楽しいんですがねぇ」
宥めるように桂の両肩に手を置き、様子を見る。細くて薄い肩だ。

ほんのわずかな間、その目に悲しげな色が宿ったように見えたが、すぐに霧散し
「そこにどんな違いがあるというのだ？」
と真っ直ぐにおれを見て言う。
いい目をしてやがる。
「気持ちの問題でさぁ。好き勝手遊ばれてると思うと腹も立つでしょうが、正統な取引だと思えば我慢も出来るってもんじゃねぇですかい？」
そこに大した違いがあるとは思えなかったが、それで幾分かあんたの気が楽になるなら…とおれは心にもないことを言った。

「…取引を承諾する。好きにしろ、代わりにおれはここから出て行くからな」
とうとう覚悟を決めたらしい。凛とした声でキッパリとおれに告げると、桂はゆっくり目を閉じた。

ああ、おれも承諾でさぁ。
さあ、いよいよですぜ…………桂。


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