春ごとに 花のさかりはー其のよんー

「土方さん…」
驚きのあまり洩れてしまった言葉に、トッシーいや、土方さんが一瞬鋭い目つきを僕に向けた。
「なに言ってるんだい、志村氏?」
すぐにとぼけてわざとらしいトッシー口調で喋ってもダメだ。僕には解る。あんたは土方さんだ。
わざとらしすぎるんですよ。なにもかもが。
へたれっぽい姿勢も、口調も、おどおどした視線も、全てがやり過ぎ、誇張されすぎている。本物のオタクはそんなもんじゃない!
今のトッシーは、一般人が思いこんでいるオタクの概念をそのまま投影したただのオタク擬きでしかありませんよ。
桂さん、この人は土方さんですよ!気を付けて下さい!!
土方さんを前にしてそんなことが言えるはずもない僕は、必死で念じるしかない。
「珍しいなトッシー、どこかへ行った帰りか?」
ダメだ、通じてない。そうだよな、通じるわけがないんだ。普段の桂さんを見てたら解るじゃないか、この人はとことんずれてるんだから。
「そうなんだよ。予約していた本が届いたので受け取りにね」
「本?書物を読むのはいいことだ」
偉いぞ、トッシー。
そう言って桂さんは微笑んだけど、や、あんたこの人の持ってる紙袋の中見えてないからそんなこと言うんだよ。その書物っていうのは、ただのアニメ雑誌なんです!アニメ関係のムック本とかなんですからね!
「やぁ、それ程でもないよ」
恥ずかしそうに言ってるけど、それ、桂さんに褒められて照れてるんじゃないよな。明らかにヤバイ本持ってるのを僕に見られて恥ずかしがってるだけだよな。
「ヅラ子たんこそ、大きな荷物だね」
「ああ、これか」
ヅラ子たんって、 土方さんがそう言うのを聞いて、僕は初めて桂さんが大きな風呂敷包みを持っていることに気付いた。
それってもしかしたら…。
「花見用の弁当だ」
やっぱりぃぃ!銀さん、あんたなんてことを!桂さんにこんなことまでさせておいて!
「お花見?どこに?」
「知らん。案内するはずだった奴が行けなくなってな」
「や、か…ヅラ子さん、そのことなんですけど、あの、起こした方がいいですよ遠慮せず」
土方さんを前にして、銀さんを、とは言えないけれど。
「遠慮などはしておらんぞ」
「本当に?じゃ、まさか、さっちゃんさんの言うことを真に受けて?」
「そうだ」
「そうだって、ちょっとあんた、そんなわけないですからね!あの人とあの人がどうこうっていうのはさっちゃんさんの妄言妄想の類ですからね!」
銀さんに成り代わり、僕が弁解してやらないと。
桂さんにあらぬ誤解をされては、いくら銀さんでも可哀相だ。
「そのことではない。あの分では起きても二日酔いで動けぬ。どうせ動けぬのだ、好きなだけ寝かせておくほうがよい」
あ、ああ、そっちのほう。なんだ…。
でも、銀さん口には出さなかったですけど、今日のお花見、とっても楽しみにしてたんですよ。酷く酔っちゃったのも前祝い的な何かなんじゃないかと。
「一緒に行くはずの人がダメになっちゃったの?酔って寝ちゃってるの?」
うむ、と桂さんが頷く。
え、なに。変な方に話が流れていこうとしてないか、これ?なんだか…
ひょっとして、土方さん、素でか…ヅラ子さんに興味あんの?
マジでぇ?
「残念だね。今日は夕方から雨みたいだし」
ほらぁ、ほらほらほら、やっぱこうきたぁ!なんか土方さんが棚ぼた!って内心ガッツポーズ決めちゃってるの判っちゃうんですけど、僕。
「む、そうなのか?」
「うん」
だから、僕と一緒でよかったら、今から行かない?
みろぉ、やっぱりこうなったじゃねぇか。しかもやっぱり土方さんじゃねぇか!気の弱いオタクのトッシーが積極的に女の人(訂正、女装の男だけど、しかも三次元の!)を 誘うわけがないですから。
だめだ。行かせちゃ駄目だ。
どうしよう、どうすれば桂さんを止められる?どうすれば?
僕はそっと桂さんに向けて首を左右に振ってみせる。ダメ、行っちゃ駄目ですよ、と。
「そうか?それもよいな」
っておい、僕のこの行っちゃ駄目、行かないでサインには気付かないんかい!!
「いっつも僕がお花見している所は人が多いから、もっと静かな所に行く?」
「それはいいな、トッシー」
サインどころか僕の存在をまるっと無視したかのように、二人の会話が続いている。
はは、ははは。いつもの花見の場所って、真選組がいつも行くところですもんね。
そんな所には行けないって…そうですか。
知ってるんですね、土方さん。
ヅラ子さんって呼んでるけど、桂さんだって知ってるんだ。本当は攘夷志士の桂小太郎だって知ってるんでしょ。
…なんてことだ。
桂さんとトッシーは僕にそれぞれに似合ったやり方で挨拶をすると、二人してお花見に出掛けてしまった。
桂さんは僕も誘ってくれたけど、僕にはしなくちゃならないことがあると言って断った。
僕がすること。それは、急いで万事屋に帰ることだ。

急げ。
急げ僕。
銀さん!今度こそ起きて下さいよ!


戻る次へ