春ごとに 花のさかりはー其のごー

「新八君も来られればよかったのだが」
隣で桂がいかにも残念そうに言う。
おれにとってはラッキーなことだがな。
奴のあの目、多分おれの正体に気付いてやがった。オタクはオタクを知る、というやつか?
朝、おれは最悪の機嫌だった。
今日はたまさかのオフでまず何をしようかと思いを巡らしていたときに、本屋からの電話を取り次がれた。 聞けば、予約を入れていた本が入荷したので取りに来いという催促。しかも、 身に覚えのないタイトルばかりで、その金額たるや目ん玉が飛び出しそうになるくらい。
トッシー…、当然ながら奴の仕業だ。
あいつにはネットで注文するという知恵はないのか?オタクの風上にもおけねぇ。訳のわからねぇ本ばかり買い込みやがって、引き取りに行くおれの身にもなれ!
不承不承トッシーの態をして本屋に行き、派手なカラー表紙の本を何冊も引き取らされたのだから不機嫌になるのも当然だろうが。
しかし、その見返りにか、おれはトッシーの格好で朝からこの人と会うことが出来た。なんという偶然、なんという幸運。まさしく天の配剤だ。大きな不幸の後には大きな幸せ。
お陰で、おれは今こうやって桂と並んで歩いていられる。しかも、二人でこのまま花見と洒落込む。馬鹿な万事屋のお陰でな。
笑いがとまらねぇとはこのことだ。目が覚めて、酔いが醒めてから臍をかんで悔しがっても後の祭りだぜ。いい気味だ。
「こっちの道だよヅラ子たん」
「わかった」
おまけにいつもはおれがヅラ子さんの後をついて歩くだけだが、今日は違う。このおれがヅラ子さんをエスコートしてる。 正直嬉しいが、あまりの警戒心のなさに軽く眩暈がしそうになる。おれが途中で土方に切り替わりでもしたらどうするつもりなんだ、と。 事実おれは今も土方なわけだが…。
まぁ、せっかくの花見だ。難しいことはこの際抜きだ。せいぜい堪能させてもらうとしよう。
「もう少しだよ。ちょっと遠くてゴメンね」
「気にするな、歩くのは平気だ。それに荷まで持ってもらっておいて不服に思うようなことなどなにもない」
真選組で毎年花見をする場所が一番近くて便利なのは判ってる。けど、こいつを連れて行くわけにはいかねぇ。なにしろ人目が多すぎる。 トッシーの格好で人込みに行きたくないのもあるが、ヅラ子さんの正体を見抜く奴がいないとも限らない。今日は店に行くわけではないからか、いつもより随分と化粧が薄い。お陰でいつもの5倍くらい綺麗だが、その分桂だと判りやすくもあるだろう。少々不便でもあまり知られていないところを選ぶべきだ。
それに。
仮に万事屋のやろうが追っかけてきても見つかりづらいという利点もある。
おれが土方と知りながら、あの眼鏡のこぞうがあえて桂と同行しなかったのは何故か。今頃は万事屋にことの成り行きを知らせているからに違いねぇ。
だが、もう遅い。おれたちを見つけることなんてきっと出来ねぇ。
おれはビルに目隠しされるような形で通りからは人目につきづらい、奥まった場所にある小さな神社へと桂を誘った。 ここは気に入って貰えると確信しながら。
なにしろ
「ほう、これは」
「うん、山桜なんだ」

ソメイヨシノと違い山桜は花と葉がほぼ同時に開く。木によって開花時期がずれているのでどの木も満開というわけにはいかないので華やかさに欠けるのが難点だ。 けれど、その難点を補ってあまりある程の風情がある。葉だ。山桜の葉は、褐色や赤紫、黄緑や濃緑などバラエティ豊かだ。花の方も葉に負けず劣らず微妙な色彩が楽しめる。 とこれはみんな受け売り。山崎に今年はどこか変わったところで花見がしてぇ、と穴場を探させた成果の一つ。無論自分でも探したが、山崎が見つけ出したここが一番気に入って貰えそうだった。
小さな神社の中、今を盛りとばかりに咲き誇る山桜は十二分に美しい。
…なんてな。花見といやぁ桜なんぞそっちのけでただ酒をかっくらってただけのおれが、桜を美しいだなどと感じる日が来ようとは夢にも思ってなかったぜ。
それに
「よくこんな場所を知っていたな、トッシー」
桂が目を丸くして驚いている。そんな表情を目にするだけで嬉しく思えてしまうなんて、な。
「どこか一番好きな木を選んでよ、ヅラ子たん。で、その木がよく見えるところに陣取ろう」
そうだな、そうしようと桂は一生懸命一本一本木を見て回る。その眼差しは真剣だ。こんなお遊びにも手をぬかねぇ。いつだって一生懸命だ。
「あれにしよう」
そう言って桂が指差したのは呆れる程細い桜の木。花の数も葉の数も極端に少ない。またその少ない花の色がまた白っぽくて、お世辞にも美しいとは言い難い。
なぜあんな木を桂は選ぶんだ?おれは不思議でたまらない。
おれが不思議に思っているのが判ったのだろう、桂が「トッシーは嫌か?」と訊いてきた。悪ぃ、気を遣わせてしまった。
「別に嫌じゃないよ。でも、不思議なんだ」
おれは正直にこたえた。
「そうだろうな」
「なんで?まだ細くて花が少なくて可哀相だから見てあげたいの?」
こいつならそういう発想をしてもおかしくねぇ。そうよめる程にはおれにもこいつのことが解るようになってきた。
「この木が多分一番若い。来年、また再来年と、もしまた来ることが出来れば、成長を楽しめるからな」
明日のことさえ解らんが、そういう長く続く楽しみがあった方が人生が豊かになると思わんか?
そう言うと桂は静かに微笑んだ。
死と隣り合わせに生きているという現実を突きつけておきながらどこまでも静謐なその笑みは、桜の花を背景に凄絶ですらありおれは思わず息を呑んだ。


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