春ごとに 花のさかりはー其のろくー

「あー、頭痛ぇ〜水くれ、水!」
「はい、銀さんお・み・ず」
「お、サンキ…」
ぶほう、と銀さんが派手に水を吹き出した。
あーあ、知りませんよ、布団がびしょ濡れ。
「な、なんだ!なんでおまえがこんなとこにいんだ?」
銀さんが震える指で、さっちゃんさんを指して叫んだ。
そりゃ、誰だって叫ぶでしょうけどね。でも、同情なんてしませんからね。飲んだくれて今の今まで起きなかったあんたが悪いんです。
「来ちゃった。ゆ・う・べ」
「うぜー!」
ハートマークをまき散らすような勢いでシナを作るさっちゃんさんの顔面に、銀さんがつばを飛ばしながら吐き捨てる。 それがまたさっちゃんさんを喜ばしているという碌でもないシーンが、自分でも驚くような速さで舞い戻ってきて息切れに苦しんでいる僕の目の前で展開されているわけで…。
はぁ。
溜息の一つも出ますよね、そりゃ。
「ところで銀さん、大丈夫なの?二日酔いなんでしょ?頭痛いんじゃない?迎え酒にするそれともあ・た…」
さっちゃんさんが「し」を言う前に、銀さんの裸足の踵が、さっちゃんさんの頭にお見舞いされた。
また喜ばせちゃってますからね、それ。
てか、あんたそんなことしてる場合じゃないんですよ!
「銀さん!」
「んだよ、新八ぃでかい声だして。見ての通りおれぁ二日酔いでよ、頭ん中でなにかがフレンチカンカン踊ってるみてぇだってぇのに」
それが、業を煮やして叫んだ僕に対する銀さんの暢気な弁。
腹立つ。こいつ、マジで腹立つ。どうしてやろう!
「フレンチカンカンでも盆踊りでも何でもいいですけど、踊ってる連中放り出してちょっと頭の中スッキリさせて下さいよ!」
「聞こえてるよ…だからいちいち気合い入れて喋んなくっていいから…」
「気合いを入れたくもなりますよ!あんた、か…ヅラ子さんとの約束すっぽかしてるんですからね!」
「なにそれ、え…ヅラ子…って…え…ええ?おれ?…えええ!?」
ガバリという音がしそうな程大急ぎで起き上がったはいいものの、やはり頭痛が酷いのか、銀さんは頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「代わりにトッシーが一緒に出掛けましたけどね」
ちょっと可哀相だけど…でも…言わずに済ませられるわけもない、と僕は心を鬼にして追い打ちをかける。
「ちょ、マジか!」
僕が重々しく頷いてみせると、銀さんは今度こそしっかりと起き上がった。あまりの勢いに目の前にいたさっちゃんさんが軽く吹っ飛んだ程だ。もちろん、さっちゃんさんは大喜び。
ハッキリ言ってこの人もうざいです。
「いつだ?」
「えっと、今11時ですから、2時間程前ですね」
「なんで起こしてくれねぇんだよ!」
「ちゃんと起こしましたよ、何回も」
「もっとちゃんと起こしてくれてもよかったじゃん」
「いい年して人のせいにしないで下さいよ、恥ずかしい」
「ちょっとあなたたち、わたしのことは無視?」
「せめてあいつを引き留めろよ」
「無理言わないで下さい。さっさと部屋から出てっちゃったんですから」
「あたしに銀さんを任せるって言ってたわよ」
「で、なんでトッシー?」
「ちょっと、銀さん私の話は無視、ねぇ?わかってるんでしょ?わかっててやってるんでしょ?わたしがこうされると嬉しいってわかっててやってるのね!」
「それが、僕がか…ヅラ子さんを追いかけて行ったら、すぐそこの角のところで出くわしちゃって」
「トッシーか…」
「いえ…それが…」
「そうやって視線も合わせてくれないなんて、なんて念の入った無視っぷりなのよぉぉ!」
「うっせー!!」
とうとう銀さんは枕を蹴り飛ばし、さっちゃんさんの顔面にクリティカルヒットさせた。
さっちゃんさんの嬉しそうなことといったら!…僕も二日酔いになったかもしれません、なんか、頭がガンガンしはじめてきたんですけど。
「ぎゃーぎゃー、ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ!テメェは二日酔いのおれのためにどこかでミネラルウォーターでも買ってこいや!」
「え?なに?銀さん、わたしを頼ってくれるの?」
陶然となったさっちゃんさんは任せて!と叫ぶと、それこそ目にも止まらぬ速さで僕等の面前から消えていった。
「今だ、新八ぃ。さっさと吐け!」
「なに尋問しようとしてるんですか。そんな言い方されなくても話しますよ」
「で、さっきの続きだけどよ、どこ行ったかわかるか?」
「わかりません。ただ、いつも行くところには行かない、と言ってました。もっと静かなところに行こうって」
「わかった。それと…トッシーだけどよ、あいつどっか変じゃなかったか?」
普段なら、トッシー自体が変なんだからその質問が変だろ!と突っ込むところだけど、銀さんの言わんとしていることは解った。正確に。
「ええ、わかりますか、銀さん」
僕、あれはトッシーじゃなくて土方さんだと思ったんですよ。
銀さんは、やっぱりな、と言って頭に手を置いてくしゃくしゃと髪を弄った。
「やっぱりなってどういうことですか?僕、心配なんですよ。トッシー…土方さん、桂さんのことをヅラ子たんとか呼んでましたけど、あれ、絶対桂さんだって知ってる風でしたよ」
「うん?ああ、そうみてぇだな」
「知ってるんですか?それ、知ってて桂さんに警告してあげないんですかあんた!?」
「落ち着け、新八。あのな、今から言うことは神楽にゃ内緒だぞ。ヅラにもだ」
言ってもあいつは信じねぇだろうがな、という前置きつきで、銀さんはまるで医者が患者に診断内容を告げるような重々しさで僕にこう言った。
「野郎はな、ああやって時々わざとトッシーに化けてることがあんだよ」
…な、んで?
「あいつ、ヅラに惚れちまってるみてぇでよぉ…しかも、多分本気だ」
え?
その言葉の内容を僕が把握する前に、銀さんはさっさと着替えるとやっぱり頭を抑えたままであたふたと座敷から出て行った。
だって、そんな…だって…
あり得ねぇぇぇぇぇ!!!!
てか、気持ち悪ぅ。
もう誰でもいいです…誰か、誰か僕に嘘だと言って下さい……嘘でもいいですから!
そんな僕の願いも虚しく、辺りにはぴしゃりと閉じられた玄関のドアの音が虚ろに響くだけだった。


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