春ごとに 花のさかりはー其のななー

それにしても
「なに、ヅラ子たん、この大荷物?」
信じられねぇ。
騎士道精神とやらを発揮してここまで荷物を運んだのまではいい。お陰で見た目より重いのには気がついていた。中味はどうやら弁当だと当たりを付けてもいた。
が、あの荷物のどこにこんなにたくさん入ってたっていうんだ?あんたはド○えもんか?
おれの目の前で、桂はさっさと荷を解き、トリコロールカラーのピクニックシートを広げた。いつもは古風な割に、蓙とかじゃねえのが少し意外だ。 その上に、五段重ねの重箱、かんすけに小型のポットをキチンと揃えて並べていく。おいおい、ちろりまであんぞ、どうなってる。
「トッシー、用意が出来たから座ってよいぞ」
「あ、うん、ありがとうヅラ子たん」
手招きされて桂の目の前に座る。うまく平らな場所を見つけたようで、薄いシートの上だというのに座り心地は悪くねぇ。当の桂は手際よく一の重から四の重まで広げていった。
「あれ、それは?」
並べられないどころか、今正に蓋をされようとする五の重が気になって、そう訊いてみた。
「これか?これはな、まともな人間の喰える代物ではないのだ」
「なにかのえさ?」
ひょっとしたらあのペット用に取り分けてあるのか、とおれは少しぞっとした。今のご時世、携帯さえあれば簡単に呼び寄せることくらい簡単だからな。 あのペットが携帯を使えるかどうかまではわからねぇが。
けれど、おれの心配をよそに桂が珍しく声を上げて笑った。
「えさはよかったな。だが、似たようなものかもしれん。普通の人間が食べると病気になるやもしれんような代物だからな」
これなんだがな
そう言っておれの前にそっと差し出された重箱は、どの重と比べても見劣りがしない程色とりどりの食材が調理され綺麗に詰められている。
「食してみるか?」
「え?でも…」
病気になるかもしれないって言ってたじゃねぇかよ。
「少しくらいなら病気になったりはせん」
そう言って目の前でクスクス楽しそうに笑われたんじゃ、例え本当に病気になるような代物でも喰わないわけにはいかねぇ。 おれはそう腹をくくって、ふっくらと焼き上がっているだし巻き玉子を一つ箸でとった。
なに、見た目はすげぇ綺麗だしな。
「………」
どう反応していいか困っているおれを見て、桂が静かに笑っている。
「無理をするな。だが、病気になれる程の量はとてもではないが喰えぬだろう?」
だが、一旦口に含んだものは責任を持って喰え。
そう言いながらも、いつの間にか目の前には茶が差し出されている。
死ぬ程甘ぇぇぇぇぇ!
こりゃ、万事屋用だ。あいつ以外こんなもん喰える奴はいねぇ。もし、大量のマヨネーズを投入したとしても喰えるしろもんじゃねぇ!
おれは口に入れた分を咀嚼することなく丸のみし、差し出された茶を有り難く受け取ると一気に飲み干した。
桂はそんなおれを見て相変わらず楽しそうに笑ってる。
万事屋の野郎が花見をすっぽかしたってぇから少しくらいは悄気てるんじゃねぇかと思ったが、大丈夫そうだな。
こうやってこの人が心底嬉しそうに笑ってるのを見るのはひょっとしたら初めてかも知れねぇ、そう思うだけで、トッシーでいるのも悪くねぇと思ってしまう自分が痛い。
おれは本当は真選組副長、土方十四郎で、この人は本当は攘夷党党首の桂小太郎なのによ。
でも、ま、たまにゃこんな日も人生には必要かもしれねぇ、とおれは自分に言い訳を許した。


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