春ごとに 花のさかりはー其のはちー

しかし本当に今日はいい天気だ。
しばらくすると雨になるという予報は大ハズレじゃねぇのか?
別に降ってもらいてぇわけじゃねぇが、夕方から雨だといってやや強引に花見にもちこんだんだ、お湿り程度でいいから降ってくれたほうが体裁がいい。
「よい天気だな」
まるでおれの心をよんだかのように桂が言う。
「本当だね、予報では雨だと言ってたんだけど…降りそうもないね…なんだか嘘を言っちゃったみたいだ」
我ながら情けねぇが、どうしても口調が弁解がましくなる。
「ん?構わんぞそんなこと」
それに、多分雨は降る。
「なんで、そんことが判るの?」
訊いてみても桂は微笑むだけで答えない。こういうときには重ねて訊いても無駄だと学習ずみなので、おれはもうこの話にはふれないことにする。だが、そういえば確か傘も持っていたな、と思い出す。 捜してみると、シートの隅の方に青紫色をした番傘が置かれている。どうやら雨が降る可能性を信じているらしい。ただ用心深いだけかも知れねぇが。
「ほら、そんなことより」
桂が猪口を差し出す。
「ありがとう」
有り難く受け取ってみれば、青い切り子細工が実に見事だ。大振りで、少し重いが。
「大きいね」
「猪口は猪口でも蕎麦猪口だからな」
「とても綺麗な色だよね」
「で、あろう?」
気に入っておるのだ。
そう、言ってまた微笑むと、今度は薄紫色の蕎麦猪口を取り出した。それも多分見事な細工なのだろう。桂の白くて繊細そうな手によく映える。
それにしても、今日は良く笑ったり微笑んだりする。らしくねぇ。この常の桂らしからぬ風を素直に喜べばいいのか、勘ぐればいいのか。 こんなにいい天気のくせして雨になるという今日の空模様みてぇに訳がわからん。
「なにをぼおっとしておる?」
ついでよいか?
そう訊かれて、あわてて蕎麦猪口を桂に差し出すと、タイミングよくすんだ酒が注がれる。まるで店にいるのと変わらない。
ただ、いつもより顔が近いところにある気がするのと、やはり薄化粧のせいでいつもより透き通るように白い肌が強調されていて、目のやり場に少々困る。
伏せ気味の長い睫が作る影も気のせいか濃い。
すぐに飲み干し、少しためらいはしたものの、雰囲気に押されてダメもとで返杯してみる。
「そんなに一気に呷って大丈夫なのか?」
強いのだな、と言いながらも驚いたことに平気で受けた。
酒のせいだけではない何か熱い想いが裡からこみ上げてくる。気を付けないと、その想いがが体の中で暴れ始め、塊となって飛び出てきそうな勢いだ。
やばい。
桜が。
酒が。
桂が。
それぞれがみな、寄ってたかっておれに得体の知れない感情を呼び覚まさせるようで落ち着かない。 桜は見事に咲いている。
酒は人肌。 桂は機嫌がよさそうだというのに。
なにもかもがあつらえたように完璧で、まるで吉兆のようだというのに。
だがおれにはわかる。
これは凶兆だ。
こんなのどかさが続くわけがねぇ。こんなうまい話があってたまるかよ。
それが数多の経験から導き出されたおれの確信。


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