春ごとに 花のさかりはー其のきゅうー

往々にして、嫌な予感程よく当たるのはなんでだ?
おれは今、正にそれを痛感している。
桂はおれ程気にしていないのか、飛び入りの二人の顔をかわるがわる眺めたり、そつなく酒や料理を勧めている。
大したもんだ。顔色一つ変えてねぇ。どこまで剛胆なんだか。それともマジで近藤さんに対して危機感をもってやがらねぇのか。
むしろ、おたついてんのはおれの方。

「あれぇ、誰かと思ったらこんな所にへたれオタクがいますぜ」
「へたれおたくってトシ…じゃなくてトッシーのことか?」
「へたれの分際でまっ昼間から別嬪さんと酒なんか飲みやがって、生意気じゃぁねぇですか」
禍々しい予感を振り払うようにして、この人との今、この時を楽しもうと前向きに気分を切り替えようとした矢先、聞こえてきたのは悪魔の声で。
総悟ぉ?
なんでだぁ、なんでこんな所に総悟が来るんだ?
しかも近藤さんまで一緒たぁ。
「おお、本当だ。トシ、と…あんたは確か…ヅラ子さん?」
こんにちは、今日はよいお天気ですなぁ、と近藤さんは丁寧に頭を下げると、「あれからどうですか、ストーカーの方は?」と気軽に世間話を仕掛ける。
知らないとはいえ桂相手にあんたにそんなことさせちまって、とおれの胸が少しばかり痛む。
「ああ、先日はその…助かった…」
驚いたことに、そう言って桂も頭を下げた。
近藤さんは、いやいや、市民の安全を守るのが我々の務めですから等と豪快に笑っている。
まるっきり茶番だ。
そんなことを思いながら二人を眺めていると、同じようにどことなく面白そうにその光景を眺めている総悟が目に入った。
おまえはなにを面白がっている?
「おまえ朝から屯所を飛び出してから戻ってこないって山崎が心配してたぞ」
ヅラ子さんに一通りの挨拶を終えた近藤さんがおれに話しかけてきた。
「まったく、上司と部下に手間をかけさせるなんて大した副長がいたもんですぜ。腹十文字にかっさばいて今すぐ死ねよ土方コノヤロー」
「まぁまぁ総悟。こうして無事に見つかったわけだし、おまけに今はトシじゃないみたいだ。そう言わず許してやれ」
「…そうですねぇ…トッシーみたいですからねぇ…今は…」
総悟は奥歯に物が挟まったようなもの言いをする。
気付いてやがるに違いねぇ。
こいつはおれが今、土方のままだと気付いていやがる。
「近藤氏に、沖田氏…ひょっとして僕を捜していたの?」
その言い方、やっぱりトッシーか。仕方ない、と素直にできている近藤さんが笑う。
こういうところが桂に似ている。
「心配するな、今日、トシはオフだ」
ただ、所在が判らなくて心配していただけなんだ。どうやらトッシー化してると山崎が言ってたんでな。そう言う近藤さんの目は、おれがシートの上に置いている書店の紙袋に向けられている。その袋を見て、おれがトッシーであることへの確信を強めたらしい。
「そうでさぁ。心配いりやせんぜ。なぁんにも…ね…」
総悟は近藤さんの素直で優しい性格を真逆にしたくらいに疑り深い。
その口調とおれに寄越す視線が、おれはあんたが本当は誰だか知ってますぜ、とハッキリ告げている。
そうだった。いつぞやの夜、こいつはヅラ子さんが桂だと知った上で、近藤さんには何も言わず黙っていたのだった。 あまつさえおれを差し置いて、万事屋が現れるまでヅラ子さんと一緒にいたっていうじゃねぇか。
一体、どうなってる。おれもだが、総悟も妙だ。これまで深く考えたことはなかったが、こいつもどこかおかしいんじゃねぇか?
おれの気のせいでなければ、桂も沖田に警戒心の欠片も抱いてねぇ様だ。
桂も承知してるってぇのか。沖田が知っていることを。気付いていることを。
「うん、なかなかよさそうなところじゃないか」
「そうですねぇ。人気のないところが気に入りやしたぜ」
「じゃあ、今年はここでいいな」
「今年こそ、大人しくしてやがれよ土方ーてか今トッシー」
「え?なんのことだい?」
二人の言っていることが解らねぇ。それにしても今トッシーってなんだ、なんなんだ!
「山崎がな、いい花見の場所を見つけたっていうもんで、今年は場所替えしてみようかと思って下見に来たんだ」
ここなら静かだし、市民にも迷惑がかからんだろう。
「去年みてぇに万事屋の旦那たちと出くわして大騒動、なぁんてのはもう願い下げなんでさぁ」
チャイナ娘とマジでバトってたてめぇに言われたくねぇんだよ!
てめぇだって、ノリノリでハンマー握ってたじゃねぇか。
「あー、んな訳で下見は終わり、おれ達の今日の仕事はお終いでさぁ」
「そうか、よかったね二人とも」
じゃあさっさと帰りやがれ!
「ですから、一献いただいていってもかまいやせんか?」
総悟がごく自然にとんでもねぇことを言い出しやがる。
なぁに言ってやがる総悟!帰れ!今すぐ帰れ!近藤さんを連れて帰ってくれ!
「貴様、制服を着ておるではないか仕事中であろう?」
「いやですぜ、ヅラ子さん、おれぁさっき、今日の仕事はお終いって言ったじゃねぇですかぃ」
「沖田は夜勤明けでね、一旦屯所に戻って来たのをわたしが無理言って連れだしたんですよ。ここに下見に来るがてらトシを捜そうと思いましてね」
「…そういうことか」
近藤さんの説明で納得したのか、桂はそれ以上否やとは言わなかった。それをいいことに、沖田はご丁寧に靴まで脱ぎ始める。
こいつ、上がり込む気か!
桂はそんな沖田を咎める風でもなく、先程の薄紫色をした蕎麦猪口を沖田にずい、と差し出した。
「近藤氏は?」
総悟がごく自然にそれを受け取っている様をみるのがどことなく気に障り、おれは近藤さんに声を掛けた。
「生憎とおれはまだ勤務中なんだよ」
「少しくらいいいじゃありやせんか。ねぇ、ヅラ子さん」
「…しかしだな、総悟」
「勤務中でも昼飯は食うでしょう。もう昼時ですぜ、ねぇヅラ子さん?」
って、喰う気なの?
この弁当も一緒に喰う気かよ!
近藤さん、あんただけが頼りだ!ここはハッキリとケジメをつけて見せてやってくれ。

なのに、どこでどうなったのか、おれの上司と部下は今や二人してピクニックシートの上に鎮座ましましている次第。
やはり、嫌な勘程よく当たる………


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