春ごとに 花のさかりはー其のじゅうー

「いやぁ、このだし巻き玉子は絶品ですなぁ」
「こっちの独活のゆず味噌和えもいけまさぁ」
Wお邪魔虫が呆れたことにどんどん弁当を平らげ、酒を飲み干していく。
ついさっきまで勤務中と遠慮していたはずの近藤さんも、すっかり赤い顔だ。
桂はそんな二人を迷惑がる風でもなく、相変わらずまめに酒を注いでやり、料理を取り分けてやっている。
実に不思議な絵面としかいいようがない。
閑散とした小さな神社での男四人の奇妙な花見は、一見長閑に続いている。
おそらく近藤さんは本当に弁当に舌鼓を打ち、正直に美味い、と思ってるはずだ。
総悟すら心からこの花見を楽しんでいるように見える。
だが、そんなはずはねぇ。
なに企んでやがる?
「トッシー、あまり喰っておらんようだが食欲がないのか?」
「ヅラ子さん、気にすることありやせんぜ。こいつはマヨネーズがないとまともに飯も食えねぇようなトンデモねぇ味覚音痴なんでさぁ」
「そういえばそうだったな…」
突然のことだったのでそこまで気がまわらなかったな。途中で買えば良かった、と桂が言う。
「突然?」
その一言に何故か沖田が食い付いた。
「突然だったんですかい、このデートは?」
「デートではない花見だ」
「この花見、は」
総悟が素直に言い直す様が薄気味悪い。己のこの目で見、この耳で聞いたことでないととうてい信じられねぇ。
こいつが素直に他人の、しかも桂の言うことを聞くなんて。
「そうだ。たまたま一緒に行く予定だった奴が行けなくなったのでな」
「なんでですかい?なんでそのお人は来れなくなっちまったんです?」
どうしてそんなことに興味があるんだ、総悟の奴。訳がわからねぇ。
「二日酔いだ」
「へい?」
「正確には酔ってまだ寝穢く眠りこけておるのだ。起こしても二日酔いでまともに歩けないのではないかと思うてな」
「こんな美人の約束をすっぽかすなんて、とんでもない奴ですな」
おれがお妙さんと約束してたら、万が一にも寝過ごしたりしないように徹夜でスタンバイしますよぉーと言う近藤さんに、 まず、そんな約束を取り付けられること自体が万に一つもないんじゃねぇですか、と総悟が無情な突っ込みを入れている。
総悟ぉぉぉぉ〜?
酒のせいで普段より感傷的になっているらしい近藤さんの悲しげな叫びが静かな神社に響いたと思ったら、次にはもう安らかな寝息が聞こえてきた。
「あーあ、とうとうつぶれちまいやしたね」
「沖田氏がいぢめるからだ」
「おれぁ本当のことを言ったまででぃ」
「いや貴様は上司をからかいすぎだ」
桂はそう言いながら、近藤さんの頭を持ち上げて寝やすい姿勢に変えてやる。敵同士でも、そういうことを見過ごせない質らしい。
「こんなのは日常の挨拶のようなもんでさぁ」
「ますますとんでもない話だな」
「一応愛情表現なんですぜ、おれなりの」
「…貴様らしい…」
「で、しょう?」
クツクツと笑う総悟に桂が呆れたと言わんばかりに小さく息をつく。
にしても、この会話はどこか変じゃねぇか?
貴様らしい。
さっき、確かに桂はそう言った。
貴様らしい、と。
確かに、あの発言はいかにも総悟らしい人を食ったような言い方だ。
だが。
そう言えるだけの何を桂が知っているというんだ。
総悟の何を。
何かあったのか?この二人の間にも。
何かあるのか?おれの知らない何かが。
そうとでも思わなければ不自然すぎる。
狸と狐の化かし合いにしちゃ、本人たちに緊張感の欠片も感じられねぇ。
この二人には何らかの関係があるのかもしれねぇな。
真選組一番隊隊長、沖田総悟と攘夷党党首、桂小太郎としての関係じゃねぇ、もっと別の何か。
それがどんなものにしろ、おれにとっては好ましからざるものであることには間違いねぇだろう。
嫌な胸騒ぎがする。
そんなおれの思いを写し撮ったかのように、一気に空が暗くなった。そればかりではなく、鉄錆のような匂いの混じる生暖かい風も吹き始める。
肌寒い、と感じる間もなく、地面にぽつりぽつりと黒い染みが幾つも出来はじめた。
雨だ。
やはり降った。
桂の言った通りだ。


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