春ごとに 花のさかりはー其のじゅうさんー

「今日はどこまで送っていってもいいの?」
「…万事屋だな」
少し躊躇った後、桂はそう答えた。
「パー子さんの所だね」
「店の近くまででいい。そうしたら傘はそのままトッシーが持っていってくれ」
「うん、わかったよ。借りていくね」
桂を万事屋に連れて行くのはおもしろくねぇが、傘を借りられるのは気に入った。
おれもこれで店の外でもヅラ子さんと会う口実が出来る。ヅラ子さんは店に持ってきてくれればよい、 と言うだろうが、なんのかの理屈をこねて呼び出しちまえばいい。近藤さんに通じる人の良さで、少々妙な理屈でも信じてくれるはず。
さて、どこに呼び出すのが良いだろう。
こんなことでも考えていないと、少しずつ、それでも着実に万事屋へ近づいているという不快感もさることながら、今手にしている傘に対しても微妙な気持ちを抱いてしまう。
傘は大の男二人が入っても、肩を寄せ合っていればなんとか互いに濡れなくてもすむという絶妙なサイズ。端から雨になると知って用意していたのがこれというのが…なぁ。 もちろん、二人が入れるくらいの大きさなのだから、一人だと絶対に濡れない。だからあえて大きめの傘を選んだと考えられないこともねぇが、弁当なんかを抱えた上にあえて大きめの傘を選ぶ心境というのが解らねぇ。 多分、これは予め考えられた上での選択だ。
そして、その時桂が考えていた相手は当然おれじゃねぇ。
ちっ。
「ん?どうしたトッシー、珍しいではないか今日はひどく黙りなのだな」
少し背をかがめ、おれの顔を下から覗き込むようにして桂が不思議そうに尋ねてきた。
珍しく子ども仕種を見せるのは、酒のせい…というよりはオフの気楽さと花見帰りの高揚感からだろうか。店から帰るときにこんな様子を見せたことはない。
素の桂は、こういうともすれば幼いともいえる顔をすることも珍しくないのだろうか。もしそうだとしたら、おそらくはそんな様子を一番多く、一番間近で見てきたであろう男に羨望の思いを覚えるのを抑えきれない。
己は今、正にその男の元にこの人を送り届けようとしているのだと思うと一層やるせない。
「さっきのお花見、楽しかったなぁって思ってて…」
それでも、心配させてしまっては不本意だ。おれは内心はどうあれ桂が安心しそうな答えをさがして口にする。
「そうだな、そうだったな」
「うん」
「…近藤はいい奴らしいな」
思いもしない言葉。おれは一瞬足を止めた。
「え?今、なんて?」
「近藤はな、いい奴らしいと言ったのだ」
必然的に桂も足を止めると、おれの目を真っ直ぐに見ながらそう繰り返した。
「うん。近藤氏は僕にも優しいんだよ」
「みたいだな」
おれたちは再び歩き出しながら話を続ける。
「うん。僕を馬鹿にしない。心配はしてくれるけどね」
「そうか」
「近藤氏はヅラ子たんの言う通り優しいんだ」
「よかったな、トッシー」
「僕、僕ね、近藤氏とヅラ子たんってどこか似てると思うんだよ」
「……」
「時々だけどね」
貴様!なんて叱られるかと思ったが、意外にも桂がクスリと小さな笑いを噛み殺した。
「え、なに、なぁにヅラ子たん?」
「いや、おれも時々そう思うことがあったのでな、つい…」
「へぇ、ヅラ子たんも」
正直、驚いた。桂も、なのか?
「ああ」
「トッシー、おまえ、おれが本当は近藤や土方とは敵同士ということは知っておろう?」
いきなりどきりとさせる発言だが、嘘はつけない。当然トッシーならそんなことは重々承知のはず。
なのにな、そう前置きをすると、桂は少しずつ話をしてくれた。
互いの正体を知らずネットで知り合った時、紛らわしい程似ているハンドルネームを名乗っていたこと。
ほんの短い間二人して記憶喪失になっていた時(なんだそりゃ?)、やけに意気投合していたと後から周囲に聞かされたこと。
どちらの話もおれには耳新しく、しかも話の中心になっているのが桂と近藤さんとあって、引き込まれるようにして耳を傾けた。
確かに、似ているのだろう。
方向性は違っても、いや、むしろ正反対の方を向いているのだが、根は同じような人間なのかもしれねぇ。情に厚く、自分なりの筋はキッチリ通す。思いこんだら周囲が見えなくなるような所もそっくりだ。
近藤さんに惹かれ続けているおれが、桂にも惹かれてしまうのは当然なのかもしれねぇ。
「それに」
「え?」
「貴様も…いや土方もな…おれの無二の友にいているのだぞ」
「…そう言ってたね、前にも…」
それについてはおれも薄々、てか嫌々気付いてはいる。あのやる気のなさそうな男と似ているというのは不本意だが、思考が似ているらしいのは身をもって経験済みだ。
「世が世であれば…」
けど、桂はやはりそれから先は口を噤む。
「みんなで仲良くしてたかもしれないのにね。僕とヅラ子たんみたいに」
だから、おれが続けた。土方なら言えねぇことが、トッシーには言える。
桂はそれにはなにも答えなかったけれど、口元に柔らかな笑みが浮かんでいるように見えた。
おれの言葉に共感してくれたせいかもしれねぇ。
そうじゃないかも知れねぇ。
なにしろおれたちは、もう万事屋のすぐ側まで辿り着いていたのだからそのせいということもあり得るわけで。
「もうここまでで充分だ」
今日はありがとう。
それだけを言い、最後に軽く会釈をして桂は静かに傘から出た。そうして早足で万事屋の方へとまっすぐ歩き始める。
せめて階段の下まではと思ったものの、未練たらしい真似はやめ、そのまま踵を返すことにする。
傘は
預かった傘は閉じ、小脇に抱えた。
なぁに、言うじゃねぇか「春雨じゃ、濡れて参ろう」ってな。
月形半平太を気取り切れず、おれはつい雨足を強めた霧雨の中を駆け出してしまう。
おれのいるべき場所へ。


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