春ごとに 花のさかりはー其のじゅうよんー

さっきから神楽が酢昆布を盛大に音をたててしがんでいる。それは咀嚼するためというより、 単純な行為を繰り返すことで精神を落ち着かせようとしているようにおれには見える。 その証拠に、時折ぴたっとしがむのをやめて玄関先の様子をそれとなく伺っていることがある。
新八も似たようなもんだ。
さっき慌てて取り込んできた洗濯物を手際よく畳んで箪笥にしまったと思ったら、今度は部屋中キョロキョロと見回して、新聞やジャンプの整理をはじめている。 仕事でもして体を動かしてないと落ち着かねぇらしい。
二人とも、待ってんだ。
あいつを。
ヅラを。
おれと同じように。

トッシーと花見に行ったというヅラを捜そうと万事屋を飛び出したまではよかった。 頭は割れそうに痛かったが、なに、そんなことはいつものことだ、大したこっちゃねぇ。 当面の問題は、あいつらが出てってから二時間、どこまでいっちまったか、どこに向かったかだった。
片やオタクを絵に描いたような薄ら寒いファッションに身を包んだ若い男、もう一人は否が応でも目立ちまくる大女。 しかもすっげー美人。そんな二人が一緒にいて人目を惹かない訳がねぇ。だから、簡単に見つけられるはず、だったんだが…。
思った通り、そんな二人連れを見たというものはすぐに、しかも沢山見つけられた。
けれど、どこでその二人を見たかは覚えていても、その後どっちの方向へ向かったのかまでを言えるものは殆どいなかった。 断片的な目撃情報を繋ぎ合わせながら、歩き回らされてちょっとしたオリエンテーリング気分を味わわされた。

それでも二人は見つからなかった。
万事屋の情報網をもってしても、勘を頼りに探しても、結局は同じ。目立つはずの二人は、忽然と歌舞伎町から姿を消したかのようだった。

仕方なく、今度は桜の方を捜すことにした。桜の名所、花見のメッカ。そういわれるところをしらみつぶしに調べて見た。
ところが、なんてこった。そんな場所は歌舞伎町周辺にもごまんとあって、ひとつひとつ探し回ると何年かかるかわかんねぇ。おまけにヅラの奴は安上がりに出来てっから、下手すりゃよその家の庭木一本でも満足しちまう。だから、 土方が連れて行った場所が人気のないだけが取り柄のショボイ場所だったとしても、嬉しげに花見の準備を始めちままってるはず。
当然、桜の線もあっさり空振りに終わっちまった。
二時間。
確かに二時間は短い時間じゃねぇ。
しかもヅラときたら思いの外せっかちで、逃げるのも速ぇえが歩くのも速い。 慣れない女物の着物ーや、もうすっかり慣れてるかーでもそれは変わらねぇ。普段から走り回っている奴だ。二時間もあればどんな遠くにも行ける。
しかも一緒にいるのがトッシーのふりをした土方ときている。
土方は、おれが追いかけることを予想しているはずだ。そして、それを邪魔しかねねぇ。普段と違うところに行くだぁ? 人目を避ける意味もあんだろうけど、一番恐れてんのはおれの目だろうが。本気で今日一日ヅラをおれから遠ざけようとするならタクシーにでも乗せてしまえば一発だ。
くそ。
昨日前祝いなんかして酔いつぶれるなんてよ、馬鹿なの?ねぇ、おれは馬鹿なの?
(そうです、あんたは大馬鹿です)
(今更なに言うネ、銀ちゃんいっつも馬鹿丸出しアル)
聞こえるはずのない子供達の声が聞こえてきて、おれを苛む。
そうだ。確かにおれは馬鹿だ。けどよ、それが免罪符になるわけもねぇ。ここで簡単に諦めるわけにゃいかねぇんだよ。
さぁて、どうすっか。
困り果てて天を仰いだおれに、思いもかけなかった恵みが降ってきた。
雨だ。
なんだ、そゆこと。
これでスッキリしたぜ。
もう探し回る必要なんかねぇ。万事屋で待ってさえいりゃヅラは必ず現れる。
ヅラは知ってたはずだ。このことを。
雨が降ることを。そして、トッシーとの花見は雨で中断されることも。それからゆったり戻ってくれば、おれが丁度起きる頃合いになるだろうってことも。
あいつは全部、知ってたんだ。
んだよ、やきもきさせやがって。
そうとわかりゃ、こんな所にいる必要はねぇ。
おれはおれのいるべき場所に帰ればいいんだ。

駆けるようにして万事屋に戻ると、新八が神楽に朝飯を食わせているところだった。えらく遅い時刻じゃねぇか。コンサートにゃ間に合うのか?
「あれ?おめぇら、なんでいるんだ?新八はコンサート、神楽はお妙んとこに行くんじゃなかったのかよ」
「あんたこそなにちゃっかり戻って来てるんですか!桂さんはどうしたんです?」
「それですぐすごすごと戻ってきたアルか、このマダオが」
「銀ちゃん、さいてーアル!」
「せっかく…せっかく…」
そっか、おめぇら嘘ついてたんだな。
用事があるから花見に行けない、なんて、な。
おれは、おめぇらのせっかくの気遣いを台無しにしちまうとこだったのか。
けどよ、安心しろや。
雨が降ってきたんだ。
ヅラは必ずここに来る、いや、戻ってくる。だから、もう少しだけおれと一緒に辛抱してくれや。
ほら、誰かが階段を上がってくる気配がしてんだろ?

「ごめんくださーい、銀時君起きてますか?」
な?


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