春ごとに 花のさかりはー其のじゅうごー

「ごめんくださーい、銀時君起きてますか?」
ヅラの暢気な声が玄関先から聞こえてきた。
子どもらの気も知らねぇで、いい気なもんだ。神楽なんか「ごめ」辺りで玄関にすっ飛んでいったからね。今頃派手にヅラに飛びついて、心配かけやがってと因縁でもつけてるだろう。
新八もあからさまにホッとした顔をしている。
おれ?おれは普段通り。ヅラが戻ってくるのはわかってた。心配なんてしてねぇわけだから、ホッとすることもねぇ。平常心のままですよ。
「銀さん、よかったですね、桂さんですよ。銀さんの言う通り戻ってきてくれました」
「だぁから言ったろうが?心配なんてするだけ無駄なんだよ」
「その割に、嬉しそうな顔してますけどね。喜びが顔中にじみ出ちゃってますよ」
マジでか?やべ。
「嘘ですけどね」
新八、てめっ!
「ヅラ来たよ、銀ちゃん」
部屋に入るなり神楽が何故か勝ち誇ったように告げる。見りゃわかるよ。なに興奮してんだか、そんなしっかり腕握ってなくてもそいつ逃げやしねぇから離してやれよ。おめぇの馬鹿力で握られたんじゃ、 青痣出来ちまわぁ。本人も痛がってるらしく顔を少ししかめながら、ヅラじゃない、と何とかの一つ覚えの科白を言ってら。
「さすがに起きておるな、銀時」
やっと神楽が離した手首を手で撫でながらヅラが言う。
「ったりめーだろうが、今何時だと思ってんだ?1時だぞ、昼の。さすがに腹減って寝てらんねぇだろうが」
げふっと奇妙な音が新八の喉から飛び出した。
「あんだ、新八?おまえの喉にはカエルでも住んでんのか?」
「どうしたのだ、新八君。風邪のひきはじめではなかろうな?春先は気候が安定しておらんから…」
「あ、なんでもないです、桂さん。ご心配なく」
そうヅラに答えながら新八がじろりとこっちを見た。あんたが妙に取り繕ったりするから吹き出しそうになったじゃないですか!と眼鏡の奥の目が言ってる。
しょうがねぇだろう?2時間も前に起きておめぇを散々探し回った挙げ句見つけられませんでした、なんて口が裂けても言えるかよ。
「ならよいが…」
「大丈夫ね、ヅラぁ。新八、いいから笑えヨ、無理なんかするからそうなるネ」
「ん?ヅラじゃない、桂だ、リーダー。何かおかしいことでもあるのか?」
「そうね、ヅラ、銀ちゃんほんとは…
「かぁぐらちゅわ〜ん!!!!!!!」
「ヅラじゃない、桂だ。リーダー、銀時がどうかしたのか?」
「銀さん、ほんとはまだ朝ご飯も昼ご飯も食べてないんです」
新八ぃ、ナイスフォロー!あとでなんか礼するからな。精神的に。
そうか、と言ってヅラは手に持っていた包みをおれの前に出した。
「弁当?」
「うむ、貴様用のだ。残してあるぞ、喰え」
まともな人間にはすすめられんからな、なんて余計なことまで言う口元が少し笑んでいて憎たらしい。
「いーよ、まだ腹減ってねぇ」
「起きてしまう程減っておったのではないのか?」
「ちょっとタイミングを逃しちまうとかえって喰えなくなるもんなの」
「いつからそんなデリケートな腹になった」
では、ここに置いていく故、後程食せーヅラはそう言うと小さな風呂敷包みをテーブルに置いた。
本当は、今すぐ重箱ごと喰えそうな程腹は減ってる。
けど、こんなところでグズグズしてる暇はねぇ。外は雨だ。

「じゃ、ま、行くとすっか」
「…そうだな…」
「え、行くってどこにですか、銀さん、桂さん?」
「花見」
「ヅラはともかく、銀ちゃんもとうとうおかしくなったアルか?」
外は雨ネ。

「関係ねぇよ、おめぇらはどうする?留守番でいいのか?」
来るはずがねぇとわかっていても一応ヅラの手前訊いておかねぇとな。
案の定、二人とも留守番をする方を選んだ。雨なんて関係ねぇ。二人で行ってこい、というお達し。
「おーし、行くぞヅラ」
「ああ」

ほらな、ヅラは嫌とは言わねぇ。そもそも雨の中で花見をするつもり満々だったんだからな、こいつは。馬鹿だから。

「すまん銀時、いつもの傘はないのだ」
玄関の扉を閉めるとすぐにヅラが申し訳なさそうに言う。
なんで、と訊こうとしてやめた。どうせトッシーに貸してやったに違いねぇ。
「おめぇ、あいつここまで連れてきちゃったわけ?」
「誰も雨が降るとは思っておらなんだようで、おれの傘しかなかったのでな」
新八君は色々気にしてくれておったようだがな、とっくにバレておることを取り繕ったところではじまらん。
「にしては濡れてねぇじゃん。相合い傘の割にはよ」
「気色の悪い言い方をするな!エリザベスのを借りて持っておったので男二人でも充分だっただけだ」
「なんであのペンギンお化けの傘なんて持ってたのよ」
あいつが差す傘なんてかなりデカイだろうし、邪魔じゃね?
「ペンギンお化けではないぞ、エリザベスだ。どうせ貴様はおれが傘を持っていると気付いたら、降ると判っていても傘など持たぬだろうからな」
用心のためだ。全く、貴様の面倒くさがりにも困る。
へぇへぇ、その通りですよ。二人の内どっちかが一本持ってりゃいいじゃん、傘なんてよ。珍しく空気読んでちゃんと二人入れる大きい方を持ってきた、って訳か。 その選択は正しいしありがてぇ。しかも、土方があのデカイ傘を一人で差しているところを想像するとなんか笑えるしな。ついでになんでこんなデカイ傘を持ってるのかで深読みでもして悩んでりゃもっといい。
ざまぁ!
「仕方ねぇ、おれの傘だけで我慢しろよ。小せぇけどな」
傘を差し、その中にヅラを招き入れるとせまっ苦しいことこの上なかったが、新八の傘も借りて行くなんて選択肢はおれにはない。神楽の傘なんて論外だしよ。
どちらも片方の肩を濡らすことを覚悟の上で、おれたちは二人雨の中へと飛び出した。

さぁ、ちょっと遅くなっちまったが雨の花見と洒落込もうぜ。


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