春ごとに 花のさかりはー其のじゅうろくー

「どこへ向かう?」
「ああ、こっちだ。しばらくずっとこのまま真っ直ぐだかんな」
「…わかった」
パラパラと傘が雨粒をはじくその音に負けないよう、おれたちはいつもよりほんの僅か大きめの声で話をする。
雨の音はそれなりに大きいが、僅かな大きさですんでいるのは顔が近いせいだ。
「それよりおめぇ、どこにいたの?」
「ん?どこぞの鄙びた神社だ」
「神社ぁ?」
「そうだ。ここから南に1里ばかりは歩いたかな」
「それってビルとビルの隙間にあるやつか?大通りからだいぶ奥まってる?」
「知っておるのか?」
「ああ、場所くれぇは」
「花見客はおらんかったが、桜は見事だな」
「おれ、行ったことはねぇから」
「そうなのか?」
「なんかな、静かすぎるような所は落ち着かねぇんだ」
「貴様の恐がりは筋金入りだな」
「るせぇよ」
そーか、あんなところに行ってやがったのか。こうやって言われなきゃ存在すら忘れてた。これじゃ探し続けても見つけられてねぇ可能性大だわ。
「そこにはおめぇが?」
「いや」
「…そんな人気のないところにホイホイついてっちゃダメだろうが」
「ホイホイとはなんだ。第一知っておろう?相手はトッシーだぞ」
おめぇにとっては、な。
新八にでも即見分けがついたっつーのに、どこまで鈍いんだこいつは。
「でも、いつ土方に戻るかわかんねぇだろうが」
「どうせ短時間だ。いざとなったら逃げればよい」
「そうだけどよ…」
「貴様がちゃんと起きてないからこういうことになる」
「ヅラ君が起こしてくれればよかったんですぅ」
「ヅラじゃない、桂だ。てか、貴様を無理に起こしても頭が痛くて歩けなかっただろうが」
「そんなことわかりませんー」
「わかるさ」
貴様は昔から変わっておらんらしいーそう言うとヅラが小さく笑った。
ちょ、やべぇ。
それってばれてるってこと?
結局みんなばれちゃってるわけ?
「次の日のお楽しみに興奮して眠れずはしゃぎ回った挙げ句、翌日に起きられなかったり…」
「いつの話だよ!ガキの頃の話だろうが!」
「大人になったらなったで、前祝いと称して飲みつぶれ、肝心な時に二日酔い…だがな、おれは嬉しいぞ銀時」
「え…?」
「花より団子だった貴様が花見を心待ちにするようになるなんてな…」
成長したものだ。
なんて、見当外れのお褒めの言葉。
「そ、そう?」 「ああ」
ヅラは嬉しそうにほほえんでいる。
ああ、じゃねぇんだよ。こいつマジで馬鹿。 おれは今でも花より団子だっつーの。
「その神社よりは近ぇけど、大丈夫か?」
「うん?」
「うん、じゃねぇよ」
傷むんだろうがよ、おめえ、傷跡。
「少しだけだ」
それは結構痛い、ってことですね。
「雨が降り出したから、もう大夫マシだぞ?」
こいつの傷跡は雨の前になると痛み出す。実際降り始めると少しはマシになるようだが、雨の前は相当痛むらしい。 らしい、というのはおれの推測だからで、本人は一度も弱音らしい弱音を吐いたことはねぇ。
そう思うようになったのは、こいつがやけにニコニコしていたり、らしくなく明るかったりした後にはよく雨が降ることに気付いてから。
そんなことが何度か続いて問い詰めてみた。
最初は貴様の気のせいだ、とかおれは普段から明るい、だの 埒もねぇことばかり言って煙に巻こうとしやがったけど、しつこく追及してやっと吐かせた。でも、「雨の前に少し痛む傷がある」という一言を洩らしただけ。 頑固にも程がある。こいつは困ったり、悲しんだり、辛かったりすると、無理矢理笑ったりはしゃいだりする。ガキの時からの癖。こいつも変わっちゃいねぇ。
「で、傷が痛んでる具合で、すぐに雨が降りそうだって知ってたんだろ?」
「ああ」
「でもよ、いくらすぐ中断されるだろうと解ってても、普通他の男とホイホイ行っちゃう?おれを置いてさ」
「トッシーだからな」
「それ、理由になってねぇよ」
「ん?最近あやつ自身が何かの傷跡のように思えてならんのだ」
それで、つい、な。
傷跡ねぇ…。おれにはよくわからねぇ例えだが、こいつはトッシーのどこかにシンパシィを感じるんだろう。つまりは、土方のどこかに、だ。
おもしろくねぇが事実は事実。目を背けてもはじまらねぇ。おれがこいつらに目を光らせるしかねぇ。こいつは、こんなだし。
「それでも、あいつは土方よ?」
「だな」
だからか、トッシーも貴様に似たところがある。
は?
「それで、つい一緒に行く気になってしまったのかもしれん」
わっ、わ。
ごく普通にごく普通でない告白をされ、おれは狭い傘の中で狼狽えてしまう。身を寄せるようにしているヅラにはストレートにその動揺が伝わったことだろう。
やめてよね、そんな爆弾発言。昼間ッからやめてよね、そんな綺麗な顔して言うの。
「銀時…」
待て、これ以上の爆弾発言は心臓に悪い。ヅラ、いい子だから黙ってろ、300円あげるから!
「風雅だな」
感に堪えないようなヅラの声に、はっと我に返ったおれの目に、遠くに浮かぶ白っぽい雲が見えた。

桜。
おれがヅラに見せたかった桜が雨に霞んで遠くに見えていた。


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